「あれ以上の“訓練”はありません」
自分のスタイルを模索しながら「自由に文章を書く」一方で、辞書を引いて「正しい日本語に触れる」──それが新井さんの青春だった。
「先生との言い合いは、間違いなく小説家として生きていく上で大きな糧になっています。表現力や語彙力が豊かになったのはもちろん、読み手に自己の世界をどう伝えるかという点において、あれ以上の“訓練”はありません。真剣に私の文章と向き合ってくれた、大好きな先生でした。たくさんやり合ったけれど、すごく楽しかった。最後まで文章にツッコミを入れながらも、卒業するときには原稿用紙をプレゼントしてくれたから、先生もきっと同じ気持ちだったんじゃないかと思います。
その原稿用紙は、将来作家になったら使おうと思って、ファイルケースに入れて大切に保管していたけれど、あまりにも大事に取っておきすぎて、気がつけば書いたら破れてしまいそうなほど古くなっていました。でも、変色した原稿用紙を見るたびに職員室での口論がよみがえってきて、幸せな気持ちになる。
高校に入って作家デビューした後は、小説を書くのに夢中だったこともあって、あんなふうに学校の先生と濃密な交流をすることはありませんでした。
だから齋藤先生が、私の生涯でただひとりの恩師です」
【プロフィール】
新井素子(あらい・もとこ)/1960年東京都生まれ。『あたしの中の……』で第1回奇想天外SF新人賞佳作に入選し、デビュー。旺盛な執筆活動で絶大な支持を受ける。
※女性セブン2024年4月11日号