政府は、マイナ保険証の導入に関して高齢者らから「暗証番号の管理が不安」といった声が寄せられたことから、昨年12月に暗証番号不要の「顔認証マイナカード」なるものを導入した。しかし、その使い道は健康保険証と本人確認に限定され、税・所得や年金など29項目の個人情報が閲覧できる専用サイト「マイナポータル」や各種証明書の発行には使えない不便な代物だ。
しかも、顔認証マイナカードは窓口の「目視確認」でOKという“名ばかり顔認証”である。医療機関には「顔認証付きカードリーダー」が設置されたが、目視でよいなら、誰がわざわざ読み取り機を使うのか。
生体認証は、インドの国民DB「アドハー」のように、顔、指紋、虹彩など実用化済みの複数の認証システムを組み合わせて採用すべきだ。そうしたシステムは“後付け”ではなく、最初のDB設計段階から組み込まなければならない。ところが、政府は根本的な欠陥を改修することもなく、またも古いシステムに“接ぎ木”する形で、再来年の券面デザインの変更をしようとしているのだ。
そんなマイナンバーカードが「使えない」ことは、すでに多くの国民がよく知っている。2万円分のマイナポイントを“エサ”にして、カード交付率は約78.8%(4月7日時点)に達したというが、確定申告など一部の用途以外に、このカードを積極的に活用している国民がいるという話は寡聞にして知らない。
マイナ保険証の利用率も無惨だ。全国平均は4.29%(昨年12月時点)で8か月連続の低下となり、旗振り役の国家公務員でさえ4.36%(同11月時点)だった。
また、「顔認証マイナカード」の交付数は、導入から3か月が過ぎた3月時点でたった9313枚。全国民の約1万人に1人も保有していない計算である。
真に効率化されたデジタル国家を目指し、30年以上も前から国民DBの構築を提唱してきた私は、現行のマイナンバー制度を一刻も早くやめてゼロベースで作り直せと主張してきた。国民にとって使い勝手の良い国民DBなら、ポイント還元によるバラ撒きという“アメ”や健康保険証廃止などの“ムチ”を使わなくても普及するはずだ。
すでに答えは出ているにもかかわらず、まだ現行のマイナンバー制度に固執するデジタル庁は、もはや実態に合わせて「アナログ庁」もしくは「アナクロ庁」に改称すべきだろう。今のデジタル庁に任せていたら、この国は永遠にデジタル化できず、世界から取り残されていくだけである。
【プロフィール】
大前研一(おおまえ・けんいち)/1943年生まれ。マッキンゼー・アンド・カンパニー日本支社長、本社ディレクター等を経て、1994年退社。ビジネス・ブレークスルー(BBT)を創業し、現在、ビジネス・ブレークスルー大学学長などを務める。最新刊『日本の論点2024~2025』(プレジデント社)など著書多数。
※週刊ポスト2024年5月3・10日号