「コネがなくて良かった」とつくづく思う
私の知人で、某大企業の社長の息子がいました。仕事の実務面の能力でいえば、そこまで評価されていたわけではありません。しかし、彼のお陰もあってその会社からの仕事が受注できているわけですから、会社に利益を生んでいます。ところがある日、その社長が急逝しました。
彼は長男ではないのでその会社を継ぐわけではない。すると途端に、社内で批判的な声が出るようになりました。「あんな穀潰しは不要だ」「もう社長が死んだからあのバカは干せばいい」……そんなムードにすらなっていきます。しかし、彼はいい意味でお坊ちゃん育ちの上品さがあるから、私は個人的には、彼のことが好きでした。だから「そんなこと言うな! あいつだって頑張ってるだろ!」と言ったのですが、彼へのバッシングは止まらない。
とはいっても彼の兄が会社を継ぐわけですから、依然として重要な「人質」としてのコネは持っているわけです。そして20年以上経った今でも同じ会社に勤めています。
他のコネ入社社員も安易には辞められません。何しろ「紹介者の顔に泥を塗るわけにはいかない」という考えがあるから。
コネ入社というものは親族を含め、誰か「紹介者」が存在するものです。その人からすれば、自分の人脈を利用して人気企業にその若者を押し込むわけですから、安易に辞めて欲しくはない。そりゃそうですよ。「辞めました」なんてその人に報告しようものならば「おい、お前、あそこまで頼んでおいてそれはないだろ!」となってしまう。そして、その紹介者が亡くなったところでようやく辞めることができる。
そういった事情があるため、私は本当に「コネがなくて良かった……」とつくづく思うのです。だって自分の人生ですよ。そこをコネのせいで変えることができないってどんだけ不自由なんだよ。となれば、新卒では実力で入れる会社に正面から入って、その後は自由にキャリアを築けば良い、と考えるのが妥当ではないでしょうか。
そうしたことはありつつも、ここ数年、私の知っているコネ入社組の社員が続々と会社を辞めている状況もあります。彼ら/彼女らもようやく解放されたんだな、本当に良かったな、と思います。なお、ある知人はコネを使って会社に入りましたが、まだ紹介者が存命なので会社を辞められません。前に会った時、若干不満はある素振りを見せていましたが、「コネがあるせいで辞められない」とボヤいていました。
意外と知られていないかもしれませんが、コネ入社組だってこのような苦労があるのです。
【プロフィール】
中川淳一郎(なかがわ・じゅんいちろう):1973年生まれ。ネットニュース編集者、ライター。一橋大学卒業後、大手広告会社に入社。企業のPR業務などに携わり2001年に退社。その後は多くのニュースサイトにネットニュース編集者として関わり、2020年8月をもってセミリタイア。著書に『ウェブはバカと暇人のもの』(光文社新書)、『縁の切り方』(小学館新書)など多数。最新刊は『日本をダサくした「空気」』(徳間書店)。