不動産の価値はずっと上がり続ける──そんな1980年代後半の“土地神話”が脆くも崩れ去るさまを、平成の日本人は目撃した。今また、令和の日本で続く不動産価格の高騰。「バブル超え」ともいわれるこの活況もまた、終焉を迎えるのか。財界の中枢が、バブル崩壊への対応を急ぐ動きをキャッチした。
経営トップを直撃すると「何も話せませんよ」
幅広い産業に裾野を広げ、その動向が日本経済の浮沈を左右するともいわれる、ある巨大企業グループ。5月某日、そのグループ企業の最高幹部らが集まる会で、一編のレポートが共有された。
A4判で10枚ほどのレポートは「今後の不動産動向について」といった淡泊な見出しだったが、その内容は日本の不動産バブル崩壊を警告するものだったという。会に参加した人物から内容を聞いた経済誌記者が言う。
「レポートでは、世界の不動産市場が冷え込んでおり、米国の商業用不動産がリーマンショック時以来の本格的な下落となっていることや、ドイツのオフィスビル市場も過去最大級の下落に見舞われていることを解説。日本で数億円規模のマンション購入者となっている中国人富裕層は、日本だけでなく欧米でも不動産投資をしているが、欧米で出した大きな損失を埋めるべく、日本の不動産、主に高額マンションを手放していくと指摘していたといいます」
さらにレポートでは、以下のような見通しが記されていたという。
「早ければ2024年中、遅くとも2026年には日本の不動産バブルは終焉する。グループとしても対策を講じる必要がある──そう締めくくられていたと聞きました。食事を交えた懇親会のような場ですが、不動産バブル終焉のリスクが議題になったようです」(同前)
レポートの詳細等について、本誌・週刊ポストがグループ内で不動産事業を展開する経営トップに直撃すると、一人は「何も話せませんよ。ごめんなさい」とするのみ。日本の不動産バブルの行方や、対策などについても質問したが「それも含めて一切お答えできないんです」とした。別の経営幹部も直撃したが、取材は拒否された。
世界各国の投資家が売りに転じる動き
ただ、このレポートの情報と符合する指摘は、他所でも見られる。日本銀行が今年4月に公表した「金融システムレポート」の記述だ。
〈これまで不動産取得に積極的だった海外投資家は、昨年後半、4年振りの売り越しに転じた〉
〈海外ファンドがグローバルなポートフォリオ・リバランスの一環として、日本の投資物件を売却する事例がみられる〉
日銀の公表資料は“売り手の変化”にも言及する。2023年前半までは「米国市場で損失を出した米系ファンド」が売り手となり、それらの物件は「アジア系ファンドや海外機関投資家」が新たに取得していた。
ところが、2023年後半からは〈金利上昇観測を背景とした利益確定売りなど、米系以外のファンドが売り手に回る事例も散見される〉という。つまり、世界各国の投資家が売りに転じる動きを指摘しているのだ。
日本のタワマン物件を売り急いでいる中国系投資家
日本の不動産価格は「異次元の金融緩和」が始まった2013年以降、急上昇してきた。国土交通省が公表した今年2月時点の不動産価格指数(マンション)は、2010年時点に比べて約2倍になった。
なかでも東京23区の新築マンション価格高騰は顕著だ。不動産経済研究所が1月に発表した2023年の平均価格は初めて1億円を突破し、昭和・平成のバブル期を超えた。
超低金利政策で住宅ローン金利が抑えられたことに加え、中国など海外の富裕層やファンドの投資目的の購入が激増したことなどが背景にあった。
その図式が、大きく変わるということなのか。不動産ジャーナリストの榊淳司氏はこう言う。
「日本の不動産に投資する海外投資家は、11年間も価格が上がり続けたなかでかなりの含み益を得ています。欧米の不動産市況が不振のなか、彼らに手元資金が必要になった場合、利益が出る日本の物件を売るのは自然な流れ。それがきっかけで不動産バブルが崩壊するとの予測は理屈が通っています。私としては来年にはバブルが終焉するとの感触を持っています」
榊氏は終焉の予兆を感じる理由をこう続ける。
「ある人から都心のタワーマンションが売りに出ているが、買っていいのかという相談を受けました。売り手は中国法人。売り急いでいるようで相場の1割安の価格を提示し、さらに5%の値下げは応相談だという。その理由が、中国法人が目先の現金に窮しているのか、不動産価格の急落を読んでいるのかはわかりませんが、中国系が日本のタワマン物件を売り急いでいる様子が窺えます」
投資マネーが一気に引いていく可能性
『なぜマンションは高騰しているのか』著者で経済・社会問題評論家の牧野知弘氏も、不動産バブルの行方をこう見る。
「欧米では、金利の引き上げとともに商業用不動産がかなり資産価値を落としています。なので、損失の穴埋めに日本の不動産を売却するという動きは起こりうる。不動産と金融のマーケットは密接に結びついており、日本の不動産市場を支えているのは国内外の投資マネー。金融危機が世界中に連鎖するのは2008年のリーマンショックでも明らかで、欧米の市況が悪くなったことで、日本の不動産に流入していた投資マネーが一気に引いていく可能性は当然、考えられます」
かつてのバブル崩壊になぞらえながら、牧野氏はこう続けた。
「平成のバブル時は、三菱地所がロックフェラーセンターを買うなど、日本が米国の不動産を買い占め、その後のバブル崩壊で大きな損を出して撤退した。今は日本が海外に買われているので国内外が逆ではありますが、当時と同様のことが起きると考えられます。つまり、これまでは売れていた高額物件が、日本でも利上げが見込まれるなか高値では売れなくなり、資産価値がどんどん落ちていく事態になると予測できるのです」
※週刊ポスト2024年6月28日・7月5日号