「ユニクロ」創業者でファーストリテイリング会長兼社長の柳井正氏(時事通信フォト)
米『Forbes』誌の「日本人長者番付」トップ50が発表された。常連組が上位に並ぶ一方、新顔も5人がランクイン。日本の企業経営者の“新陳代謝”も少しずつ進んでいることが見て取れる。そんなランキングの「1位」と「最年少」に輝いたビリオネア(資産10億ドル超)の素顔に迫る。
(ページ内では、《柳井家「巨額資産」の使い途》を図解)
息子は後継者になるのか
「日本一の大富豪」という栄冠を2年連続で手に入れたのは、「ユニクロ」創業者でファーストリテイリング会長兼社長の柳井正氏(75)だった。その資産は5兆9200億円で、世界29位。日本人2位でライバルのソフトバンクグループ会長兼社長・孫正義氏(66)に1兆7000億円以上の大差をつけた。
ファストリの原点は1984年、広島にオープンした「ユニーク・クロージング・ウェアハウス」だ。そこから40年で時価総額13兆円の巨大企業に成長させた。『経済界』編集局長の関慎夫氏が語る。
「ユニクロは地方の安売り店から、都心のオシャレなチェーン店に見事に変貌を遂げました。その背景には、“歩みを止めたら潰れる”と全力で走り続ける柳井氏の猛烈な危機感があります。とはいえ彼も70代半ばを迎え、いよいよ会社が自分の手を離れた後のことを考える時期に来ています」
ファストリでは2018年に、柳井氏の長男・一海氏(50)と次男・康治氏(47)が取締役に就任した。経済ジャーナリストの鈴木貴博氏が語る。
「この人事は、経営を監視するプロフェッショナルな取締役に育ってほしいとの親心の表われと見ます。柳井氏自身はやがて経営を離れて、2人の息子とともに、大株主として自らの資産である会社を保守・管理するつもりかもしれません」
息子たちは「後継者候補」との見方がある一方、柳井氏は「子供を跡取りにする気はない」と語ってきた。ファストリの社外取締役を10年間務めた京都先端科学大学教授の名和高司氏が語る。
「柳井さんは世襲を嫌うので、息子たちを社長にする気はないはずです。一方で柳井家の莫大な資産はCSR(企業の社会的責任)活動や寄付などを通じて、長期的な観点で社会に投資・還元をしていくのでしょう。もちろん、そこには節税対策も含まれるはずですが」
ファストリの株式を保有するのは柳井氏だけではなく、一海氏と康治氏がそれぞれ5980億円分、柳井夫人の照代氏も2900億円分を持つ(6月12日時点の時価)。柳井家の巨額資産は、何に使われているのか。
「世界一好きなコースだから」
柳井家「巨額資産」の使い途
仕事人間の柳井氏は朝6時半に出社し、16時には退社。外食を嫌い、自宅で妻の手料理を食べるのが日課だ。そんな柳井氏の“素顔”を長年近くで見てきた名和氏が語る。
「柳井さんの数少ない趣味は読書とゴルフです。読書量は私が知る経営者のなかで最も多く、ゴルフは接待ではなく本気モード。勝負事の好きな柳井さんは常に全力で勝ちにいくそうです」
柳井氏は年間100ラウンド以上こなす無類のゴルフ好きで、腕前はシングル。名門「小金井カントリー倶楽部」のメンバーでもある。さらにそこから先がケタ違いのスケールだ。2009年、ハワイ・マウイ島の「カパルアリゾート・プランテーションコース」と、同系列の「ベイコース」を柳井氏のプライベートカンパニーである「TYマネジメント」が総額約70億円で立て続けに買収した。
前者は美しい景観を誇り、米PGAゴルフツアーの開幕戦が行なわれる名門。購入時に柳井氏は取材にこう答えている。
「このコースは世界一好きなコース。そのコースが売りに出ていると聞き、取得しようと思い立った」
柳井正氏の広大な邸宅には敷地内にテニスコートもある(2017年撮影)
巨費を投じて取得した不動産は数多い。
「あまり知られていませんが、柳井さんは不動産投資に非常に熱心。価値が上がることを前提に考えていて、常人では考えられない金額を投資しているという噂を聞いている」(名和氏)
東京都渋谷区大山町にある大豪邸は約2600坪の広大な敷地内にゴルフ練習場やテニスコートがあり、平屋建ての本邸は総ガラス張りで、緑あふれる庭園を一望できる。不動産価値は100億円と目される。
さらに2020年には、京都市左京区の南禅寺近くにある「洛翠庭園」を含む約1500坪の敷地を個人で購入した。洛翠庭園は、近代を代表する造園家である小川治兵衛が手がけた名庭で、市の「京都を彩る建物や庭園」に選定されている。
「前所有者の日本調剤が2011年に入札で落札した金額が約24億円でした。そこからさらに不動産価値が上昇していたので、柳井氏の購入額は推定40億円とも言われます」(不動産業界関係者)
次男は「映画」に出資
渋谷区内の柳井正氏の邸宅(2015年撮影)
がっしりとした門(2015年撮影)
一方で多額の「寄附」をしてきたことでも知られる。東日本大震災では個人として10億円の義援金を送り、母校・早稲田大学の「国際コミュニティプラザ」の建築費用に3億円を支援した。さらに柳井正財団は毎年、公募制の海外奨学金プログラムを提供する。
2020年にはノーベル賞受賞者で京都大学に籍を置く本庶佑、山中伸弥の両氏が進めるがんやウィルスなどに関する研究に、総額100億円を寄附すると公表した。柳井氏は山口県の中学・高校の先輩である本庶氏に打診され、100億円もの資金の拠出を即決したという。父のスケールの大きさを息子も受け継ぐ。
「ファストリ内では、ゴールドマンサックス出身の一海氏は経営戦略、三菱商事出身の康治氏はマーケティングという役割分担があるようです。投資面で活発な動きを見せるのは康治氏で、東京都渋谷区のトイレを生まれ変わらせるプロジェクトを発案し、21億円の事業費を日本財団とともに個人で出資しました。
さらに世界的映画監督のヴィム・ヴェンダースと主演を務めた役所広司に自らコンタクトを取って依頼し、プロジェクトの映画化を実現しました」(関氏)
康治氏が企画・制作を手がけた映画『パーフェクトデイズ』は、役所がカンヌ国際映画祭主演男優賞を受賞。康治氏が広く認知される“宣伝効果”ももたらした。投資や寄附は経済を活性化させるカンフル剤になる。この先も柳井家の「6兆円資産」は注目を集めるだろう。
※週刊ポスト2024年6月28日・7月5日号
大きな木も(2015年撮影)