自然現象に人間が対処できることは限定的
しかし、実際、南海トラフ地震の対象エリアとされた和歌山県・白浜の海水浴場などは一時閉鎖され、よさこい祭りが行われた高知県では9000人以上が宿泊をキャンセルし、松山市の道後温泉や宮崎市のホテルでもキャンセルが相次ぐ事態となりました。花火大会を中止したところもあります。東海道新幹線は、部分的に減速運転を続けました。
「緊急時だから……」とキャンセル料を取らなかった施設もあるようですが、この騒動を見て、とことん日本人のゼロリスク思考と安全・安心を求める体質に嫌気がさしました。人生、生きていれば「仕方がないリスク」ってものはあるんですよ。
コロナウイルスしかり、地震しかり。自然現象に人間が対処できることは限定的。上に述べたように、普段からできる地震への備えは、せいぜい水と食料の備蓄と避難場所の共有、さらにはタンスや冷蔵庫を固定すべくつっかえ棒を用意するぐらいでしょう。
今回各種の催しを中止した団体は「何かが起こったら責任問題に問われる」と考え、キャンセルをした人々は「危険な地域に出て行くのはやめておこう」となった。気象庁と政府とメディアの発表で、パニックなんて簡単に発生させられることが、よーく分かった騒動でした。いつ来るか分からない地震を1週間警戒するだけでなんとかなるのか?
このような疑問を述べると、コロナ騒動時と同様、「安全・安心第一、経済より命!」と絶叫する人々が大量発生し、「人の命を軽視しているのか!」「警戒するに越したことはないだろ!」「これで防災意識が高まっただろ!」と言います。しかしね、どんだけ経済的損失が発生したんですか、という話です。夏休み、しかもお盆の時期のハイシーズンで旅館も宿泊費を高くしていた時期だろうに、「政府が注意喚起してるから」という理由でキャンセルを正当化させる。
もうね、この国は常に危機を煽るだけで経済を停滞させることができることが分かりました。いや、「台風が来そうですからレトルトカレーを大量に買っておきましょう」とかレトルトカレーメーカーが新たなマーケティング手段に使えばこの国の人々は信じるだろうな。「災害マーケティング」はかなり効果的ですよ、各企業の皆様方。気象庁や地震の専門家と組んで適宜危機情報を出せば儲かるかもしれませんね(棒)。
【プロフィール】
中川淳一郎(なかがわ・じゅんいちろう):1973年生まれ。ネットニュース編集者、ライター。一橋大学卒業後、大手広告会社に入社。企業のPR業務などに携わり2001年に退社。その後は多くのニュースサイトにネットニュース編集者として関わり、2020年8月をもってセミリタイア。著書に『ウェブはバカと暇人のもの』(光文社新書)、『縁の切り方』(小学館新書)など。最新刊は『よくも言ってくれたよな』(新潮新書)。