「自分の罪悪感を帳消しにする」という魂胆
「ご飯」に潜む“下心”は、恋愛問題に限らない。IT会社勤務のDさん(31歳/男性)は、取引先から、仕事上で迷惑をかけた『お詫びに』と食事に誘われたことがあるが、「なぜお詫びにこちらの時間を使わなくてはいけないのか、と思って断った」という。
「おもてなしということでしょうけど、『そんなことで自分の罪悪感を帳消しにしようとしてんじゃねえ』とツッコんでしまいました。お詫びなら、どうしてこのミスをしたか、今後どうしたらよいかといった発展的な話をする場を設けるだけでいい。なんなら、羊羹とか、菓子折り持ってお詫びに来ればいいじゃないですか」(Dさん)
Dさんは、「お礼やお詫びの気持ちとして食事を提案するなら、まず相手ありき。相手が対価として食事を望むのか、また望む場合どんなものがいいのかを聞くべき」だと言う。
「それなのに、世の中の“お礼にご飯”“お詫びにご飯”は、本来の目的をはずれて、一方的になりがちなのが問題なのでは」(Dさん)
「お礼にご飯」「お詫びにご飯」が時として敬遠される背景には、それを“相手が望んでいるかどうか”が理解できていないコミュニケーションに問題があるのではないだろうか。(了)