酒場を楽しむコツは新たな1杯
浅草のサンボアでも、同じことを思う。お客さんとバーテンダーとの会話にそれとなく耳を傾けていると、自分が先刻まであれこれ気にしていたことなど一切忘れて、ほのぼのした気分になってくる。私はそのとき、店に届いた夕刊に目を通しながら、松林さんのつくってくれたおいしいマンハッタンを、あっという間に飲み干そうとしているところだった。
カウンターのお客さんが頼んだのは、會舘フィズだった。戦後、米軍が東京會舘を接収した時代に生まれたという、ミルクでつくるジンフィズだ。私は、この日の昼酒の3杯目を、もう一度ハイボールに戻そうとしていたのだが、思わず口に出していたのはこのひと言。
「ああ、オレも、會舘フィズちょうだい。なんか、話を小耳に挟んでいたら、たまらなく飲みたくなっちゃったよ」
松林さんも、カウンターでご一緒したお客さんも、同時に笑った。
サンボアで飲む會舘フィズ。うまかったですねえ。思いついたらいつもの習慣を破って新たな1杯を試すのも、酒場を楽しむコツだ。そんなことを考えた、この日の昼酒でした。
【プロフィール】
大竹聡(おおたけ・さとし)/1963年東京都生まれ。早稲田大学第二文学部卒。出版社、広告会社、編集プロダクション勤務などを経てフリーライターに。酒好きに絶大な人気を誇った伝説のミニコミ誌「酒とつまみ」創刊編集長。『中央線で行く 東京横断ホッピーマラソン』『下町酒場ぶらりぶらり』『愛と追憶のレモンサワー』『五〇年酒場へ行こう』など著書多数。「週刊ポスト」の人気連載「酒でも呑むか」をまとめた『ずぶ六の四季』が好評発売中。