存在しないはずの政治権力
橋爪:さて、突き詰めて考えたいのは、「中国共産党の本質は何か」です。「共産党」の看板は昔のままです。でも、結党時の「マルクス・レーニン主義」はとっくになくなっている。中国共産党は官僚制ですが、清朝までの、伝統中国の官僚制とも違っている。伝統中国では、官僚は農民や商人に寄生する搾取者で、個人が私腹を肥やして終わりです。でも中国共産党は、資本も労働力も、経済をすべてコントロールしている。単に官僚が私腹を肥やすだけではない。こんな体制は、歴史上、世界のどこにも存在したことはありません。近代社会は、中国共産党みたいなものが存在できないようになっていたはずなんです。
峯村:たしかに、いまの中国共産党のような政治形態はかつて存在したことはありません。
橋爪:存在しないはずのものが存在している。これまでの分析装置が役に立たず、それを表現する言葉がないということです。要するに、知識人たちは中国共産党の本質を語ったことがないのだと私は思います。これはチャレンジです。ウェーバーがこれを知れば、何か言ったはずだ。ハンナ・アーレントがこれを知れば、何か言ったはずだ。パーソンズがこれを知れば、何か言ったはずだ。ルーマンがアジアのことを知っていれば、何か言ったはずだ。
峯村先生が紹介してくださるような、中国の権力、社会システムについてのかなり詳細な情報があれば、これを分析して言葉にしたいとみんな思うはずです。でも、生の事実があって、それが断片的にニュースとして伝わってくるだけで、誰もが当惑している。
これを言葉に置き換えて、がっしり掴み取る。きちんと認識する。それが正しければ、外国の友人に伝えることができるし、ビジネスの場面でも使うことができる。これから先の世界を考えてみたいという読者のみなさんの求めにも応えられるはずです。
峯村:現在の中国を網羅的に理解することはきわめて難しい。既存の政治学のフォーマットは当てはまらないでしょう。特に情報統制が厳しい習近平政権を分析することは困難をきわめます。中国共産党の本質をしっかり分析してみることで、中国がいま、どうなっているのか、今後、中国とどうつきあうのか、どんなシナリオプランニングが可能なのかがみえてくると思います。
(シリーズ続く)
※『あぶない中国共産党』(小学館新書)より一部抜粋・再構成
【プロフィール】
橋爪大三郎(はしづめ・だいさぶろう)/1948年、神奈川県生まれ。社会学者。大学院大学至善館特命教授。著書に『おどろきの中国』(共著、講談社現代新書)、『中国VSアメリカ』(河出新書)、『中国共産党帝国とウイグル』『一神教と戦争』(ともに共著、集英社新書)、『隣りのチャイナ』(夏目書房)、『火を吹く朝鮮半島』(SB新書)など。
峯村健司(みねむら・けんじ)/1974年、長野県生まれ。ジャーナリスト。キヤノングローバル戦略研究所主任研究員。北海道大学公共政策学研究センター上席研究員。朝日新聞で北京特派員を6年間務め、「胡錦濤完全引退」をスクープ。著書に『十三億分の一の男』(小学館)、『台湾有事と日本の危機』(PHP新書)など。