毛沢東が権力を掌握する過程について分析することが、現在の中国共産党を考えるうえでも重要だと指摘するのは、中国の歴史や文化、社会に精通する社会学者の橋爪大三郎氏と、元朝日新聞北京特派員のジャーナリストでキヤノングローバル戦略研究所上席研究員の峯村健司氏だ。両氏が、毛沢東のナンバーツーであった周恩来との関係性について考察する(共著『あぶない中国共産党』より一部抜粋、再構成)。【第5回。文中一部敬称略】
“スパイマスター”周恩来
峯村:どうして毛沢東がのし上がってきたのかと考えると、常に激しい権力闘争の中心に立っていたことが最大の要因だと思います。毛沢東は周りの人間をうまくマヌーバー(策略・操作)して戦わせて、自分の手を汚さずに政敵を失脚させて権力基盤を固めてきました。裏で権力闘争を引き起こして、ライバル同士をぶつけて潰し合わせることで、自分をレバレッジしていた側面がある。太極拳のように、「柔をもって剛を制す」が如く相手の力を利用して倒していくイメージです。
橋爪先生がAB団事件(党内の反革命集団の粛清)で役割を果たしたとご説明された秘密警察において、毛沢東の意を受けて実際に動いたのが、周恩来です。周恩来は総理のイメージが強いのですが、実は中国共産党のインテリジェンスの基礎を築き上げた“スパイマスター”でもあります。
たとえば、あれだけ強い国民党との内戦に勝てたのは、周恩来がインテリジェンスの責任者として国民党内に潜り込ませていた6人のスパイの存在が大きい。内戦が終わるまで誰がスパイだったかわからないほど国民党を欺き、重要な軍事情報は全部、共産党側に筒抜けだった。だから明らかに劣勢だった毛沢東率いる共産党が、情報戦で圧倒して最終的に国民党に勝つことができた。周恩来が秘密警察をグリップしていて、毛沢東はその周恩来と最後まで対立しなかったことが、毛沢東の独裁権力掌握において大きかったのではないかと思います。
近年の中国で激しく展開された権力闘争では、トップの習近平が自らアクターになっているようにみえます。これは、毛沢東が演じた権力闘争との大きな違いです。習近平には毛沢東にとっての周恩来のような人物がいない。そこが、「習近平超一強体制」の脆さとして指摘できると思います。
橋爪:とても正確な観察と、認識だと思いました。でもなぜ、あれだけ疑り深い毛沢東が、周恩来を終生そばに置いていたのか。周恩来は毛沢東に、絶対の忠誠を誓い、信頼を得て生き残った。そうなのですが、それにしてもやはり不思議です。
証拠があって言うのではありませんが、毛沢東は、周恩来を失脚させ、殺害できるだけの「タネ」をもっていた。だから、無理難題を吹っかけ、絶対に命令を聞かせることができた。その「タネ」は何か。個人的なスキャンダルのたぐいではないだろう。汚職でもないだろう。それはたとえば、周恩来が国民党のスパイだった、などの破滅的な秘密でなければ、ふたりの間の力学を説明できません。
毛沢東と周恩来の間には、珍しく奇妙な一種の盟友関係が成り立っています。では、肝胆相照らす親友だったのかというと、そうでもない。もともと周恩来のほうが党歴が長く、実力もあった。毛沢東は周恩来に対して、大きなコンプレックスをもっていた。それを裏返して、周恩来を組み敷いて子分にすることから、大きな政治的威信を得ていたのだと思われる。