習近平・中国国家主席の前任者である胡錦濤やその前の江沢民の時代、「毛沢東時代の反省」から鄧小平が定めた「2期10年」の任期制限に従い、2期目スタート時に「後継者」の候補を党中央政治局常務委員に加えるのが慣例だった。しかし、習近平は憲法改正で任期制限を撤廃し、後継者の指名も行なっていない。それはなぜか、中国の歴史や文化、社会に精通する社会学者の橋爪大三郎氏と、元朝日新聞北京特派員のジャーナリストでキヤノングローバル戦略研究所上席研究員の峯村健司氏が読み解く。(両氏の共著『あぶない中国共産党』より一部抜粋、再構成)【シリーズの第17回。文中一部敬称略】
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橋爪:習近平は後継者を選ばないまま3期目をスタートさせ、2027年からは4期目もあるかもしれない。中国共産党にとっても変則的。習近平政権がこの先どうなるのか、予測可能性が不透明になっています。ナンバーツーを置かないのはやっぱり、やってはいけない悪手なんですね。大きなトラブルが起こると、歴史が教えています。
習近平の独裁はある意味、毛沢東以上かもしれません。でもそのぶん、リスクも大きくなっていると思います。
峯村:非常に興味深いご指摘です。その習近平は、「毛沢東のほんとうの後継者」を狙っていると私はみています。
というのも、拙著『十三億分の一の男』では、習近平にまつわる匿名の証言を多数載せています。あとでわかったのですが、その証言のなかで指導部の逆鱗に触れたものがあったそうです。
その部分とは、「習近平は『私は第五世代ではない。革命世代に続く第二世代なんだ』とよく言っていた」という元共産党幹部を親族にもつ中国政府関係者の証言です。ここで言う「世代」は中国共産党の指導者の世代を指し、第一世代が毛沢東、第二世代が鄧小平、第三世代が江沢民、第四世代が胡錦濤、と続きます。それに続く習近平は「第五世代」と位置づけられています。
『十三億分の一の男』を執筆していたのは2013年から14年にかけてでした。当時は誰も、習近平がいまのような独裁権力を握るとは思っていませんでした。「共産党史上最弱の指導者」などとも称されており、権力基盤も非常に脆弱だと評価されていました。
ところが実はこの証言こそが、習近平の「野望」を見事に言い当てていたのです。だからこそ、この証言に指導部がピリピリし、発言をした関係者の犯人捜しをしたのでしょう。
前任の胡錦濤や江沢民のやったことなど眼中にない。ライバルは共産党の「中興の祖」である鄧小平だったのです。拙著を刊行した2015年ごろ、習近平が目指すモデルは「改革開放」で中国の経済発展をリードした鄧小平だと多くの人が考えていました。
しかし、実はそうではなかった。というのも、鄧小平の一族と、習近平の一族は長年にわたり激しい闘争を繰り広げていたのです。習近平の父、習仲勲は鄧小平に二度にわたり失脚させられています。だからこそ、習近平は鄧小平路線の否定に動くと私は確信していました。実際に習近平はその後、「改革開放」と逆行するような国有企業に対する優遇策や、経済成長を打ち消すような「共同富裕」などの政策を打ち出したのです。
習近平の「自分は第二世代である」との発言は、「自分こそが毛沢東の正当な後継者である」という本音が隠されていた核心的な言葉だったのです。