本当に「日鉄の計画は無理筋だった」のか?
今回の日鉄の計画をめぐって日本の世論が盛り上がりきらない理由の一つは、日本の識者らから「労組の反対が強い買収は最初から無理筋だった」「買収時期を考えるべきだった」といった指摘があるからだ。しかし、本当にそうした“達観した解説”が的を射ているのだろうか。この1年半の計画の推移をウォッチし、橋本氏への取材も行った私は釈然としない。
そもそもFOXテレビのインタビューや日経新聞の現地取材の記事によれば、USスチールの一般組合員からは日鉄の投資を心待ちにする発言が続き、地元のペンシルベニアの町の首長たちからも熱烈に歓迎されているからだ。
識者の解説の中には、「米国人が運営する鉄鋼企業があることが米国にとっての安全保障だ」という指摘もあった。確かにバイデン政権の説明に則ればそういうことになる。
しかし、そもそも米国の高炉メーカーは2社のみで、仮に日鉄がUSスチールを買収しても、米国最大手のクリフスが存在している。1番手のクリフスが2番手のUSスチールを買収したり、買収阻止でUSスチールを弱体化させて独占状態を生み出すことが、健全な市場形成につながるのか。軍事や自動車といった戦略物資の基礎となる鉄鋼市場に健全さが失われれば、それこそ安全保障の根幹を揺るがす懸念がある。
それを「米国の安全保障だ」というのはハッタリで、背景には後ろめたい「別の政治的動機」――特定の企業や団体への利益誘導による票固めがあり、安全保障というもっともらしい言葉で糊塗していると理解したほうがわかりやすい。
実際、1月7日付のワシントンポスト紙の記事(How Biden betrayed union workers by giving them what they wanted)によれば、バイデン側近の1人は匿名で、「(中止命令の)結論は政治とレガシーから下された」と述べている。安全保障ではなく、トランプに切り崩されかねない「労組票へのアピール」という政治目的のために下された可能性を示唆している。
この記事を含め、アメリカのリベラルメディアは今回のバイデン大統領の判断に批判的なトーンが目立つ。日本側の解説が、大統領による阻止が発表された段階で“諦めムード”だったのとは対照的だ。日米の論調を見比べると、むしろ「無理筋」だったのはバイデン氏の側ではないかとの思いが強くなる。