重視されるのは「雇用」
日鉄がまず狙うのは、トランプ次期大統領による、バイデン氏の命令の否定だ。橋本氏は会見で、こう期待を寄せた。
「次期大統領が言っているのは、製造業をもう一度強くして労働者に豊かな暮らしと明るい未来を与えたいという趣旨ですよ。(買収は)その趣旨に沿っている。まさしく」
USスチールCEOのブリット氏も「彼(トランプ氏)は賢い」と持ち上げたが、彼らが期待感を膨らませる背景にはトランプ氏の行動原理がある。
手がかりは昨年11月の大統領選に勝利した後の「3週間の沈黙」だ。
日鉄の計画をめぐっては現地の鉄鋼労働者の間でも賛否が割れた。USスチール労組も加盟するUSWのマッコール会長ら指導部は反対だが、組合員のなかには提案を歓迎する者もいた。
支持者として取り込んだ労働者から「阻止するとは言わないでほしい」と懇請されたトランプ氏は、大統領選の勝利から12月初旬に再び「反対」と投稿するまでの3週間、確かに何も言わなかった。
強硬な追加関税に目を奪われがちだが、トランプ氏の公約の中心は国内に仕事を作り出すことにある。「ジョブ・ジョブ・ジョブ!」と唱えて労働者の心を掴み、民主党の票田を切り崩してきた。
対する日鉄の買収金額は、競り負けたクリフスの当初提案の2倍となる2兆円。追加投資の約4000億円を通じ、老朽化した製鉄所の更新や雇用維持も約束するという“破格の好条件”だ。
その価値が伝われば、トランプ氏が判断を翻す可能性はある。直近のSNSへの「買収反対」の投稿も、ディールを通じてなるべく多くの譲歩を引き出すことを見越してハードルを上げている挙動だと見ることもできる。