そんななか、別の面から逆境に光を当てる事件も起きた。クリフスが同業最大手のニューコアと共同でUSスチール買収の対抗提案を準備中と報じられた13日、CEOのゴンカルベス氏が「中国は悪だ。しかし日本はもっと悪い」「1945年から何も学んでいない。我々の血を吸うのは止めろ」と発言したのだ。
発言の少し前、奇しくも複数の日鉄関係者から「日鉄は経済的に圧倒的な条件さえ示せば勝てると甘く見ていたのではないか」と、異口同音に語る声に私は接していた。
《US》を冠したナショナルフラッグの買収でかきたてられる米国人のナショナリズムやアジア人への差別意識といった潜在的なリスクに目配りができていたか、という問いだ。
ある日鉄の元社員は、日鉄が1980年代に米中堅企業とともに合弁会社(2020年に売却)を始めた際の経験を語ってくれた。
「技能を学びに来てるはずなのに、向こうの労働者は“日本に製鉄を教えたんはアメリカだ”という態度で、話を聞いてくれへん。体の大きさはこっちが上だ、腕っぷしは上だと言われ、腕相撲で勝ってテキーラの飲み合いでやられて、やっと打ち解けた」
国を支えてきたことに誇りを抱く鉄鋼労働者たちは、その自負と「日本はかつての敵国だ」という過去を結びつけて語って憚らなかったという。
非難の英単語で交渉した過去
トランプ氏が中止命令を覆さなければ、日鉄に残された打開の道は訴訟しかない。
行政訴訟では、司法が大統領の決定に実質的な審理を行なうとは考えにくいが、ゴンカルベス氏らを相手にした民事訴訟なら話は別だ。
疑念止まりだった政・業・労の深過ぎる関係を示す証拠を掘り出すことができれば、世論次第で再び中止命令の上書きに挑む機運が高まる可能性もある。そうなれば、交渉で力を発揮するトップの出番かもしれない。