毛沢東のほうがニクソンよりしたたかだった
峯村:非常に興味深いです。毛沢東もニクソンも、イデオロギーよりも国際関係における力関係を重視したリアリストだったからこそ成し得た“外交の芸術”だと私も考えています。
ただ、二人を比べると、やはりニクソンよりも毛沢東のほうがしたたかだったようです。
ニクソンは、ソ連や中国など東側諸国に対して、交渉を有利に進めるために、いわゆる「狂人理論」、マッドマン・セオリーを採用していました。「自分は気まぐれで非合理であり、何をするかわからない」と相手に思わせて、相手国に挑発行為をやめさせて交渉のテーブルにつかせる独自のやり方です。
中国も当初は、「ニクソンは危ない」「何とかしないと中国も核戦争に追い込まれる」と警戒していたようです。ところが、アメリカ側と交渉を重ねるうちに、ニクソンが「狂人」のふりをしているだけで、交渉できる人物だと気づいたのです。
そのニクソンを完全に籠絡したのが、毛沢東でした。ニクソンは1972年2月、北京を訪れて周恩来首相との会食を終えると、中南海にある毛沢東の邸宅を訪問しました。毛沢東は約1時間にわたり、自身の書物や哲学などについて語り、あえて政治問題には触れませんでした。こうした毛沢東の世界観に感銘を受けたニクソンは、会談について、「最も感動的な瞬間だった」と日記に残しています。
こうして中国側は、最も対立していた台湾問題について、「中華人民共和国を唯一の正当な政府として認める」「台湾独立を支持しない」という文言をニクソンから引き出すことに成功したのです。
(シリーズ続く)
※『あぶない中国共産党』(小学館新書)より一部抜粋・再構成
【プロフィール】
橋爪大三郎(はしづめ・だいさぶろう)/1948年、神奈川県生まれ。社会学者。大学院大学至善館特命教授。著書に『おどろきの中国』(共著、講談社現代新書)、『中国VSアメリカ』(河出新書)、『中国共産党帝国とウイグル』『一神教と戦争』(ともに共著、集英社新書)、『隣りのチャイナ』(夏目書房)、『火を吹く朝鮮半島』(SB新書)など。
峯村健司(みねむら・けんじ)/1974年、長野県生まれ。ジャーナリスト。キヤノングローバル戦略研究所主任研究員。北海道大学公共政策学研究センター上席研究員。朝日新聞で北京特派員を6年間務め、「胡錦濤完全引退」をスクープ。著書に『十三億分の一の男』(小学館)、『台湾有事と日本の危機』(PHP新書)など。