深く考えることが得意になるために心がけておきたいこととは(写真:イメージマート)
「考える力」を磨くことは、人生の選択にどうつながっていくのか。司法試験をはじめとする法律資格試験指導校「伊藤塾」を主宰し、40年以上にわたって、法律家や公務員を目指す人たちや法律の世界で活躍する人たちと関わってきた伊藤真氏は、「わかったつもり」を避け、未知なるものに向き合うことで、より深い思考ができると説く。伊藤氏の著書『考える練習』より一部抜粋、再構成して紹介する。
「わかったつもり」でスルーしない
集中して何かをやろうと思ったら、重要なのは「前段階の準備」だ。
集中して考えなければいけないテーマがあったとして、それについてふだんから関心を持ち、素材集めをしておく習慣をつけておけば、いざ集中する段階になったときも困らない。
ここぞと集中力を発揮しなければならない企画会議やプレゼンがあるとすると、その前に準備をしておくのは当然だ。あるテーマについて集中して考えるとしたら、それに関連する本や資料などの情報を、アンテナを広げて集めておかなければいけない。
集中して考えるにしても、材料がなければ考えられないからだ。法律の世界でいえば、法律的な概念や言葉を使って考えることになるから、当然そのための素材や知識などのパーツが必要になる。
ちょうど英単語を覚えないと英会話ができないのと同じだ。やはり英単語は1000個くらいは知っている必要があるだろう。それがあって初めて英会話ができるのである。
こんなふうに集中して考えるためには、「考える素材」としてのパーツがないことには話にならないから、ふだんから素材集めをしておくことが大事だ。これを習慣化してしまうといい。
それも、ただ単に集めるだけでなく、内容を記憶して理解し、組み合わせて使いこなせるようになっておかなければならない。物事を深く考えるためには、ひとつひとつの素材に対する正確な理解も必要なのだ。
そう考えると、ある程度の教養や基礎知識は必要だということがわかる。ふだんから、わからないことを放置したり、わかったつもりでスルーしないよう、「あれ?」と疑問に思ったことは、こまめに調べるようにしておいたほうがいい。その積み重ねが、いつか集中して考えるときの万全の準備になっていくのである。
ただし、教養や知識が凝り固まって、自分を縛る枠にならないよう注意したい。なまじ知識が増えれば増えるほど、「昔はこういうことがあった。だからこうしたほうがいい」と先例にとらわれたり、「著名な人がこんなことを言っている。だからこれが正しい」などと権威に寄りそったりしてしまいがちだ。すると、かえって自由に考えることが阻害されてしまう。
教養や知識は、あくまで自分の頭で考えるための素材やパーツにすぎないのであって、自慢したり、依存したり、真似をしたり、権威づけに使ったりする道具ではないことを心しておきたい。