電動車専業メーカーを宣言したロータスのピュアEVモデル「エメヤR」。全長5メートルを超える堂々たるボディ。可変式の空力デバイスの採用により、Cd値が0.21という空気抵抗の低さと、150kgを超えるダウンフォース(ボディを下向きに押しつける力)を実現
1948年、後にイギリスの天才エンジニアにしてカーデザイナー、そしてレーシングドライバーとしても知られることになるアンソニー・コーリン・ブルース・チャップマン(以下、コーリン・チャップマン)が「ロータス」と名付けられたクルマを世に送り出した。以来、ロータスから発表される数々の“軽量ボディのハイスペックマシン”は、世界中のスポーツカーファンを熱狂させてきた。同時にロータスの独創性に溢れた革新的なテクノロジーは、自動車産業に大きな影響を与え、まさに名門メーカーと呼ばれるにふさわしい存在へと進化してきた。
そのクルマ作りの中心にあったのは「軽さこそ正義」という“スポーツカーの定石”。それを頑なに守り続けてきたロータスだったが、ここに来て「バッテリーEV(BEV)専業メーカーへの転身を宣言」し、「重量増は必然」と言われるBEVモデルを次々投入している。はたしてロータスはどのような変化を遂げたのか。シリーズ「快適クルマ生活 乗ってみた、使ってみた」、今回は自動車ライターの佐藤篤司氏が、ロータスの最新BEVモデル「エメヤ」を体験し、レポートする。
「軽さこそ正義」、軽さがもたらす数々の利点
1975年、漫画雑誌『少年ジャンプ』(集英社)で掲載が始まり、気が付けば大人気連載どころか、「スーパーカーブーム」といった一大社会現象まで巻き起こした漫画『サーキットの狼』(作・池沢さとし/現・池沢早人師)。一匹狼の走り屋、主人公の風吹裕矢がライバルたちと公道やサーキットでバトルを繰り広げ、F1レーサーへと成長していく物語に当時の少年たちは熱狂しました。その風吹裕矢の愛車こそが「ロータス・ヨーロッパ・スペシャル(以下、ヨーロッパ)」。ミッドシップの1558ccエンジンは最高出力が126馬力でしたが、車両重量は現在の軽自動車でも軽い部類に入る730kg。たとえ非力であっても徹底した軽量化により、走りはヨーロッパ・シリーズの中でも最速を誇りました。
風吹裕矢は、そのマシンを「多角形コーナリング」や「慣性ドリフト」などといった超絶テクニックを駆使して、並み居る大排気量、高出力のスーパーカーと戦い続けました。そのライバル達が乗るクルマといえばキングオブスーパーカーの「ランボルギーニ・カウンタックLP400」やフェラーリの女豹こと田原ミカが操る「フェラーリ308GTB」、そして最大のライバル早瀬左近の「ポルシェ911カレラRS2.7」などなど、スポーツカーが綺羅星のごとく登場します。その多くは車重1トンを超え(それでも軽量ですが)、大排気量エンジンが絞り出す出力は200馬力を超え、400馬力に迫ろうというものもありました。
そんなモンスターに対し、非力・軽量のヨーロッパが立ち向かうのですから痛快です。後に池沢先生にお聞きしたのですが「ミッドシップにして軽量、低重心のヨーロッパは、本当によく曲がり、戦闘力も高いよ」と高評価でした。なによりこの車を池沢先生が実際に所有し、走っていたことが『サーキットの狼』誕生に大きく関わっていました。
ここで重要なのは「軽さこそ正義」という、今も変わることなく存在するスポーツカーの定石でしょう。加速や減速、さらにコーナーを曲がるにも、軽量であるほど「慣性力(物体がそのままの状態を続けようとする性質)」は軽減されます。その上で低重心であれば、より素早く加・減速ができ、遠心力は小さくなり、コーナーもクリアでき、クルマとしてのポテンシャルは上がることになります。ロータスが、というかスポーツカーが軽さに、よりこだわるのはこのためです。事実、スーパーカーの主役だったカウンタックLP400はカタログ上では375馬力、車重1065kg(諸説あり)、フェラーリ308GTBは255馬力、車重1090kgと、やはり相当な軽量化を図っています。これが「軽量化は出力アップに相当する」ともいわれる所以です。
一方でBEVと言えば現状はまだ、重量のあるリチウムイオンバッテリー搭載が不可避。同クラスのガソリン車などとの比較で言えば、数百キロ単位で重くなることもあります。そんな状況の中で、軽さを信条として歩んできたロータスがBEV専業を宣言したのですから、多くのスポーツカーファンから驚きの声が上がりました。もちろん、『サーキットの狼』を愛読していた当時の少年達は、連載から50年が経過したいま、ロータスがBEVメーカーへと変わることなど予想もしなかったでしょう。ただ同時に「ではロータスは重量級の世界でどんな“技”を見せてくれるのか?」という興味も湧いてくるはずです。
『サーキットの狼』の風吹裕矢の車両を再現した「ロータス・ヨーロッパ・スペシャル」。非力でありながら軽量とミッドシップ、そしてドライバーの腕によって大排気量をも凌ぐ走りでライバル達と戦った。写真協力/「サーキットの狼ミュージアム」https://ookami-museum.com/index.php (C)池沢早人師/animedia.com