大前研一「ビジネス新大陸」の歩き方

日銀黒田総裁 家計にカネが眠る日本の実態理解せぬ無責任役人

 金融資産にしろ銀行預金にしろ、保有している人の多くは退職金や年金を預け続けている高齢者だ。働き盛りの20~40代は、むしろ子育てや住宅ローンの返済などに追われて蓄えを増やす余裕がない。では、なぜ高齢者は金融資産を使わないのか? 将来が不安だからである。ならば、その不安を解消すればよい。それだけで膨大なお金が市場に出てくるはずだ。

 ところが、安倍晋三首相と日銀の黒田東彦総裁がやっていることは全く逆だ。2017年版「高齢社会白書」などによれば、日本は少子高齢化によって2016年10月1日時点で7656万人の生産年齢人口(15~64歳の人口)が毎年減り続けて2029年に6951万人と7000万人を割り、2065年には4529万人にまで減少すると推計されている。

 そういう中で安倍首相はアベノミクス「新・3本の矢」の「第一の矢」として名目GDP(国内総生産)を現在の500兆円から600兆円に増やすという目標を掲げている。GDPを増やすためには、生産年齢人口を増やすか、労働時間を増やすか、労働生産性を上げるしかないが、日本は生産年齢人口が減り、残業規制で労働時間も減り、ホワイトカラーの労働生産性は欧米よりも格段に低いままである。GDPが増えるはずはないだろう。

 そして黒田総裁は、給料がほとんど上がらないこの時代に、消費者物価上昇率2%を目指すインフレ・ターゲットを継続している。頭が混乱しているとしか思えないが、どうしてこんな明らかに矛盾した政策を何年も続けているのか?

 安倍首相らは、アメリカからノーベル経済学賞受賞者のポール・クルーグマン教授や、FRB(連邦準備制度理事会)のベン・バーナンキ前議長などを呼んでは、ご意見を拝聴している。だが、彼らは“プレイ・ナウ、ペイ・レイター”の「高欲望社会」であるアメリカの経済・金融の専門家だ。「低欲望社会」の日本の実情は何も知らないし、そもそも100年前の古いケインズ理論などに基づいたマクロ経済学者だ。

 おそらく世界で唯一、伝統的なマクロ経済政策が機能しない日本という国で、そういう人たちの意見を聞くのは、患者を直接診察していない医者のオピニオンを聞くようなものである。アベノミクスはマクロ経済学の理論通りに金利を引き下げ、マネタリーベース(資金供給量)を増やしているわけだが、それは自分で患者を診察せず、隣の病院から処方箋をもらってきているに等しい。

 つまり、彼らの意見を聞けば聞くほど間違えるのだ。これが、4年半経ってもアベノミクスの効果がほとんど出ていない最大の理由である。

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