失ってもいいお金なんてない
「余裕資金=失ってもいいお金」ということになると、いつまでたっても準備できるはずがありません。なぜなら多くの人にとって、失ってもいいお金なんてあるはずがないからです。
むしろ金融機関が「余裕資金で資産運用をしましょう」と言うのは、お客さまに買ってもらった金融商品が値下がりしても、文句を言われないようにするためのエクスキューズ(逃げ道)のようにすら感じます。
では、余裕資金とは一体、何なのでしょうか?
実はこれが非常にあいまいなのです。自分自身の胸に手を当てて、余裕資金をいくらもっているかを考えてみてください。きっと明確には答えられないでしょう。Aさんを例に考えてみましょう。
Aさんの生活資金は、家賃を含めて毎月30万円くらいです。これを給料の範囲内でまかなっています。毎月の手取り給料が35万円なので、「35万円−30万円=5万円」は貯金に回せます。ということは、Aさんにとって5万円が余裕資金なのでしょうか?
実はAさん、定期預金に500万円を預けてあります。これはマンションを購入するための頭金に充てたいと貯めたお金です。だから、その500万円は余裕資金ではない、とAさんは思っています。
「ん? 待てよ。そうすると、給料から生活費を差し引いて残った5万円も、家の頭金を増やすために充てているのだし、余裕資金じゃないかもしれない。いや、余裕資金? はて、一体どっちなんだ?」。Aさんはわからなくなってしまいました。
Aさんが悩んでしまったのも仕方がありません。そもそも「失ってもいい余分なお金」などというものは、誰にとってもあるものではないのです。
どういうお金で資産運用すればいいのか
では、資産運用はどういうお金で行えばよいのでしょうか。その答えは、「余っているお金」ではなく「すぐに使わないお金」です。教育資金など、たとえ使途が決まっていたとしても、使うのが先の資金であれば、それは資産運用に回していくべきだと思います。
資産運用とは、「資産を『運んで』『用いる』」と書きます。漢字が意味するとおり、「自分の資産をどう管理して、どう形成していくか。その後、それをどうやって取り崩して、どうやって使っていくか」を考えていくことだからです。
そして、将来必要となる資金を計画的に準備していくには、お金の名目にかかわらず、早いうちから資産運用を始めるに越したことはありません。そのほうが、大きく増やせる可能性も高くなるからです。
若いうちはそれほどお金を持っていないものです。だから、もし「資産運用は余裕資金で」を真に受けていたら、若いうちは資産形成に取り組めなくなってしまいます。
これはおかしな話ですよね。いまは家計が苦しい、けれども、老後を視野に入れた将来、金銭的に余裕のある生活をするために準備していくのが資産運用です。むしろ若い世代ほど資産運用の必要性は高くなるはずです。
したがって、家計に余裕がなくても、「資産形成をするために回すべきお金」をなんとか捻出して、コツコツと投資していくべきなのです。だから、「余裕資金で資産運用をする」というのは、完全に間違った考え方だと思います。
「余裕資金」という言葉は実は曖昧で、金融商品の営業現場では売り手にとって都合良く便利に使われているように思います。すぐに使わないお金があれば、計画的に資産運用に取り組むべきです。お金も時間も心にも余裕のある将来の生活を手に入れるためにも、若い世代こそ、最低限の投資の知識を身につけ、コツコツと投資をして資産形成を行っていきましょう。
「余裕資金なんてない」ということは、すべてのお金が大切な資産です。何も考えずに投資商品を買ってしまうことは絶対にしてはいけません。大切なお金を簡単に失ってしまわないためには、しっかりとした知識を身につけること。せめて「投資とトレードの違い」は理解しておきましょう。
高橋 忠寛:たかはし・ただひろ
株式会社リンクマネーコンサルティング代表取締役。上智大学経済学部経済学科卒業。東京三菱銀行(現・三菱東京UFJ銀行)、シティバンク銀行での10年超の銀行勤務を経て、2014年9月に独立。投資助言代理業者[関東財務局(金商)2855号]として、資産運用を中心に資産管理についての総合的なアドバイスを提供している。著書に『銀行員が顧客には勧めないけど家族に勧める資産運用術』(日本実業出版社)がある。