そもそもアベノミクスの経済財政政策は、金利とマネタリーベース(資金供給量)の二つを操作すれば景気をコントロールできるとする、アメリカ(源流はイギリス)から“輸入”したマクロ経済学の理論に依拠している。だが、その理論がアメリカで通用する(景気が金利やマネタリーベースに反応する)のは、アメリカ人が住宅や自動車などの“見える化”した欲望を持ち続けている「高欲望社会」だからである。
金利を下げマネタリーベースを増やせば、個人はローンを組んで欲しい住宅や自動車を購入するし、企業は設備投資などに動くという流れが今もある。現にアメリカでは住宅が圧倒的に不足し、賃貸住宅市場が活性化している。一方、日本では空き家率が全国平均13.5%になっても利用する機運は希薄である。
今の日本で物価が上がらない理由
日本人も「三種の神器」(白黒テレビ・洗濯機・冷蔵庫)や「新・三種の神器」(カラーテレビ・クーラー・自動車)、「庭付き1戸建て」などに対する欲望が“見える化”できた高度成長期から1980年代にかけての時代は、金利やマネタリーベースに反応していた。金利が5%を超えても住宅ローンを組んでいた。
しかし、バブル崩壊後の1990年代以降、大半の日本人は昇給・昇進がなくなったり、大学卒の新入社員の平均初任給が20万円ほどで頭打ちになったりしたこともあって、「狭いながらも楽しい我が家」を手に入れた段階で欲望がピタッと止まった。世界で唯一の「低欲望社会」になり、金利にもマネタリーベースにも反応しなくなったのである。