キッチンの棚を開けると、パスタやレトルト食品、調味料がぎっしりと詰まっている。風呂場の洗面台下には、洗剤やシャンプーの詰め替えパックとともに、2リットルの水入りペットボトルが並ぶ。
株式会社『御用聞き』代表の古市盛久さん(39才)は一つひとつの栓を開け、手際よくシンクに流す。固形物はビニール袋に詰めて廃棄する。首に巻いた白いタオルにじわじわと汗がにじむ。そうして作業に集中しながらも、古市さんは依頼者に声をかけることを忘れない。
「お姉さんは、お料理がすごくお上手だったんでしょうね。輸入物のスパイスがたくさん出てきました」
この日訪ねたのは、70代の男性が清掃を依頼してきた都内にあるマンションの一室。夫を亡くしたのち、体調を崩して入院した姉の自宅。夫婦に子供はいなかったため、きょうだいなど近親者が片付けようとしたが、どこから手をつけていいのかわからない。途方に暮れた末に、御用聞きの存在を知った弟が依頼したのだった。
シンク下に詰まった何本ものしょうゆやみりんの背後から、古い料理の本がばさりと転がり落ちた。「洋風ちらし寿司」のモノクロ写真が載った黄ばんだページに、スーパーのチラシが挟まれている。
「この本を使って最後につくったのがお寿司だったんでしょう。ゴミの山のなかに、その人の人生が埋もれているんですよね」
古市さんの言葉に、うつむいて作業していた男性が顔を上げてうれしそうに答えた。
「姉は昔から好奇心旺盛な人で、いろんなものをつくっていました」