そもそも米中貿易摩擦は日米貿易摩擦とは全く質が異なり、類似点は何もない。当時の日本はソニー、トヨタ自動車、本田技研工業、音響・家電各社などが続々とアメリカ市場に進出し、自前のブランドを自分たちでアメリカの消費者に売り込んだ。しかし、いまアメリカでそんなことをやっている中国企業は見当たらない。
要するに、アメリカの対中貿易赤字が約41兆円に上っているのは「アメリカが買う」からなのだ。たとえば、アップルはiPhoneなどを台湾の鴻海精密工業の中国生産子会社(フォックスコン)に生産を委託してアメリカに輸入している。仮にアップルがアメリカで生産しようとしても、人件費が高すぎるし、部品を調達することもできない。また、現在のアメリカは失業率が4%を切ってほぼ完全雇用だから、労働力も足りない。
あるいはウォルマートをはじめとするアメリカの小売企業は、衣料品や家電製品、照明器具、家具など大半の商品を中国から輸入している。それは中国が売り込んだわけではなく、アメリカ企業が世界で最も安くて良いものを探した結果、そうなったのである。
つまり、対中貿易赤字はアメリカの自主的行動の結果であって、中国の責任ではない。アメリカが中国から買うことをやめたり、中国製品に追加関税をかけたりしたら、物価が急騰するだけである。
中国は、こうした現実をよく理解していない。報復し返す前に知恵を絞ってそういう構造的な問題を説明すべきなのに、大豆、豚肉、牛肉、鶏肉、自動車といったラストベルト(中西部から北東部の主要産業が衰退した地帯)の“トランプカントリー”の産品を狙い撃ちにして追加関税をかけている。このまま報復合戦がエスカレートすれば、ますます激しい貿易戦争になるだろう。
だが、21世紀のボーダレス&サイバー経済では、19世紀のデヴィッド・リカードの時代の「比較優位・国際分業」は成り立たない。通関統計に出てこないボーダレス&サイバー経済で莫大な富を稼いでいるアップル、マイクロソフト、グーグル、アマゾン、フェイスブックといったアメリカ企業を通商交渉の俎上に載せなければフェアではないし、意味もないのである。
トランプ大統領も、金融やサイバーなどの第三次産業で圧倒的に強い自国の現実を直視し、21世紀の経済を理解できれば、少しは頭が冷えるのではなかろうか。
※週刊ポスト2018年8月3日号