「2000年代半ばに文部科学省から通知が出て、一気に状況が変わりました。教授は半期で講義を15回やることが義務付けられ、休講したらその分必ず補講をやらなくてはいけません。講義要項には、前後期30回分の授業内容を1回ずつすべて書くように命じられており、そこから大きく逸脱することは許されません。『話が長くなったから、今日はここまで』といったスタイルはダメということです。
授業では出欠を必ず取るように学校側から言われています。私は今年、授業を週5コマ担当しており、出席カードをカウントするのも教授の仕事。これだけでも相当な手間です。さらに、学生による授業評価アンケートが半期ごとに行われ、授業が講義要項通りに進んでいるか、授業が分かりやすいか、内容を理解できたか、話が聞き取りやすいか、授業内容に満足しているかなどが評価されます」
考え方によっては、このような取り組みがこれまで行われてこなかったことの方が問題かもしれないが、あまりに“お客様目線”を重視すれば、教える側の負担は飛躍的に増大する。その結果、Oさんは自分の研究がほとんどできない状況に陥っているという。
「かつては、授業に来ない生徒は“ほうっておく”のが当たり前でしたが、今ではそんなことは許されません。ゼミの欠席が多い学生には連絡しなくてはいけませんし、悩みを抱えた生徒が研究室にやって来たら、それに応対するのも仕事です。大学教授とは言っても、カウセリングの知識など一切ないのに、悩みを抱えた学生にどう対応したのかも評価の対象となります。
講義や研究以外にもまだまだ仕事はあります。会議や打ち合わせもありますし、学校からの要請でメディアの取材に答えたり、地方に行って講演をしたりといった仕事もあります。教授になれば複数の学会に所属しており、その委員などの仕事も回ってきます。そういったことに忙殺されて、結果的に私はこの数年間で論文を数本しか書いていません。1本も書かなかった年もありました。
本来なら教授の価値は論文ではかられるものだと思いますが、論文を書く余裕がない教授も多いので、その救済措置として、一種の“ポイント制度”も導入されています。わかりやすく言えば、『論文を書いたら10ポイント、メディアの取材に答えたら1ポイント、地方に講演に行ったら3ポイント』といった評価制度です。こうなるといよいよ論文を書かなくなる教授が増えるでしょう」
教育と研究のどちらが大切かといえば、「どちらも」が正解なのだろうか、現実には、学生に親身な教授ほど研究時間が取れないというジレンマに陥るシステムになっているのだとか。Oさんの学生時代の友人には、いまだに非常勤講師をしている者もおり、教授になったことを羨ましがられているものの、思うように研究ができない状況を非常に歯がゆく感じているそうだ。