家では、タンスの中身をすべて引っ張り出して、「お財布がない」「手帳がない」などと探し回るようになった。探せば見つかるものもあったが、本当にないものもあった。今となっては、それらがどこに「消えた」のかは不明だ。
ユリコさんは、ハナさんが朝出かけるときに必ず「どこに行くの?」と聞く習慣があったが、ハナさんが帰宅すると「どこに行ってたんだっけ?」と再度質問をすることが多くなった。ハナさんが何度言っても毎回忘れ、まったく覚えていられないようだった。
「心療内科」を受診したところ…
ある晩ユリコさんは、夫とかなり激しい口論をしたが、10分後には口論の内容を忘れてしまっていた。このやりとりを間近で見ていたハナさんは、さすがに大きなショックを受けた。「最近物忘れがひどすぎる。もしかしたら認知症なのでは」――。
ハナさんは不安になり、ユリコさんが親しくしていた近所の女性・Hさんの家にかけこんだ。Hさんも、少し前からユリコさんに元気がないことに気がついており、心配していた。
Hさんは、「お母さんは“うつ”なのでは?」と言い、ハナさんに心療内科の受診をすすめた。Hさんは、「うつ」でも物忘れは起こること、ユリコさんぐらいの年齢になって「うつ」を発症する人は多いこと、そして最寄り駅前に自身も何度か通院したことのある心療内科クリニックがあることなどを教えてくれた。
ハナさんは、その心療内科クリニックにユリコさんを連れて行くことにした。外に出たがらないうえ、いきなり病院に行くと言うとユリコさんが抵抗するかと思い、こう言った。
「お母さん、最近元気がないよね。それって、うつかもしれないよ。うつは誰でもなる病気で、HさんやIさんも、なったことがあるんだって。それでHさんが通っていた心療内科が駅前にあるから、ちょっと行ってみようよ。薬を飲むとかなり楽になるらしいよ。HさんもIさんも一時期飲んでたんだって」
ユリコさんは、HさんやIさんといった知っている名前が出てきたことでやや安心した表情をみせ、心療内科の受診を受け入れた。