「2003年にはじまった『セカンドライフ』という仮想世界でプレイするソーシャルゲームのなかで、プレイヤーがゲームの中で使う通貨として『リンテンドル』がありました。これはドルに交換することができました。つまり、ゲーム内でリンテンドルを増やせば、現実世界のドルも増やすことができたのです。
そこでおもしろい現象が起こりました。ゲーム内では土地を売買することができ、その差額で儲けることができる。人が集まる場所ほど土地の価値が上がるので、人を呼び寄せようと『私の土地にあるベンチに1時間座ったら、1リンテンドルあげます』という人が現れたんですね。すると、そこにどんどん行列ができたんです」
現実世界のお金を使いたくないから、ゲームの中でアルバイトをしようというわけだ。
「本来、1時間もじっとしている自分のキャラクターを見ているより、アルバイトしたほうが断然、効率的なわけです。でも、1リンデンドル目当てにたくさんの人が行列に並んでいる。結局、お金の価値より自分のやりがいとか、楽しさを重視しているんだなと思うんです。そう考えたら、もうお金というものがよくわからなくなってきたんです」
自分は価値があると思っているものも、他人にはまったく価値がないケースがある。その逆もまたしかり。お金がそうやって簡単に増減するのなら、誰かが決めた価値に縛られているより、自分で価値を決めたほうがいい──そう考えて、かつて彼は「KIDO(キド)」という仮想通貨を考案したという。江戸時代に演芸の世界で用いられた「木戸銭」がモチーフだ。
「1KIDOで私の落語を見られるようにしたんです。結局、誰も買わなかったんですけどね(笑)。でも、自分で価値を決めたものを大切にするという実験はできました。私の落語会を開催する権利を売って、その代わり『あなたのおうちに泊めてください』というのも、これから実現できたらいいなあと思っています。物々交換みたいなものですよ。
実際、山形のある温泉地では、自家製の漬物を持っていくと、旅館で日帰り入浴できるんです。その漬物を文房具店に持っていくと、文房具に替えてくれる。漬物が通貨として流通しているわけです。彼らが自分で価値を決めているんです。それに、お金を基準に考えると、楽しくないんです。食べ放題のバイキングだって『何を食べたら元が取れるか』なんて、考えていたらおいしくない(笑)」