【書評】『マツダ 心を燃やす逆転の経営』/山中浩之・著/日経BP/1600円+税
【評者】森永卓郎(経済アナリスト)
最近、マツダの車を見ていて、気になっていたことがある。一つは、どの車種も同じ顔になっていることだ。正面から見たデザインが、コンパクトカーのデミオからオープンカーのロードスターまで、同じ印象になっているのだ。しかも、塗装が「赤ヘル」カラーのものが多い。
もう一つは、その乗り心地だ。私は普段、トヨタ車に乗っているのだが、静かで、滑らかで、燃費が良く、快適そのものだ。ところが、たまにレンタカーでマツダ車に乗ると、キビキビ動いて、実に運転が楽しいのだ。ただ、なぜそうなっているのか。深く考えたことはなかったが、本書を読んで、謎が解けた。それらは、経営革命の成果だったのだ。
1980年代から1990年代にかけてマツダは経営危機に陥り、1996年には、米国フォード社の傘下に入らざるを得なかった。フォードからは、世界共通の設計や部品採用による大量生産、コストカットを求められたが、マツダ改革の立役者である金井誠太元会長は、それに従わなかった。本書では名指しは避けているが、金井氏はマツダをBMWのような会社にしたかったのだ。そういえば、BMWも、どの車種でも同じ顔をしているし、スポーティな走りを売り物にしている。
ただ、BMW路線がフォードの経営改革圧力のなかで生まれたところが興味深い。コストを下げるためには、車種を絞る必要がある。しかし、マツダにとって、多様性を放棄することは、致命傷になる。コストと多様性は、トレードオフの関係にあるが、マツダが目指したのは、二兎を追うことだった。
マツダ車が似ているのは、デザインだけでなく、プラットフォームやエンジンなどすべてにわたる。一つの基準を作ったら、それを車種に応じてマイナーチェンジする。そのことで、開発費も部品の調達費も下がるのだ。ハイブリッドをあきらめ、既存エンジンで最高の燃費を追求する。マニュアルシフトで、運転の楽しさを残す。そんな車作りは、非一流企業の経営戦略として、見事としか言えない。
※週刊ポスト2019年7月5日号