受験と関係ない授業はまったく聞かない
確かに学生の本分は勉強。勉学に勤しむことは素晴らしいが、T君の周りからはあっという間に友人が消えた。学校側としては、進学実績への貢献が期待できるT君のような存在は大切なはずだが、教師の評判は芳しくなかったという。
「T君は受験科目の成績は飛び抜けていましたが、それ以外の科目は徹底的に手を抜きました。体育や音楽は出席するだけ。受験と関係ない授業はまったく聞かず、宿題や提出物も出しません。時間が削られる部活などやりませんし、学園祭や合唱コンクールも不参加。高校生活のハイライトとなる海外ホームステイも参加しませんでした」
そして担任と保護者の面談の日、事件が起きた。年1回行われる面談にT君の父親が登場し、「学校は勉強だけをする場所ではない。友達も大事、部活も大事」というタイプの熱血担任教師と衝突したのだ。
「担任が勉強一辺倒の子育てについて意見すると、T君の父親は『教育ほど確実な投資はない』『私は投資として、この子を私立の学校に通わせた』と言い放ち、さらに『我々はいわば客ですよ?』と言ったそうです。それを聞いた担任が『T君をここに連れてきて、私に言ったことをもう1度彼に言って下さい』と言い、険悪な雰囲気になったようです」
面談の数日後、T君が担任に「昨日、ウチの父親が失礼なことを言ったようで……すいませんでした」と詫びたというから、気の毒極まりない。救いがあるとすれば、努力は一応実ったことだ。
「結局、T君は東大には落ちましたが、他の私大に合格し、今は医者になっています。ただ小学校の頃から彼を知る身としては、10代という多感な時期に、彼の顔からみるみる精気がなくなり、友達が減っていく様は本当に気の毒でした」
子供が歩むべきレールを敷くのは親の愛情のひとつかもしれないが、客観的に見て、T君がグレたり精神を病んだりしなかったのは幸いだったという声は少なくない。T君は数年前、同窓会にひょっこり姿を表したが、話の輪には加われず、「誰だっけ?」という声も出る始末。見かねたYさんがT君に話しかけると、昔話は弾んだが、“タメ口”で話しかけるYさんに対し、T君は最後まで敬語で、Yさんは絶望的な距離を感じたそうだ。