二つ目の問題は、イギリスの農家と消費者への打撃である。たとえば、イギリス産の羊肉は国内市場が小さいため、7割くらいをEUに輸出している。それに関税が課されて検疫も必要になったら工業製品と同じくEU市場で競争力が低下し、羊の畜産農家はにっちもさっちもいかなくなる。
一方、EUから輸入している野菜や果物などの生鮮食料品は、イギリスがEUを離脱した場合は検疫や通関に時間がかかるため、ドーバー海峡のフランス側カレーやイギリス側ドーバーの港でトラックが数日から数週間も長蛇の列を作るのではないかと危惧されている。医薬品もイギリスで製造していないものがたくさんあるため、政府が国民に備蓄を呼びかけるという事態になっている。
三つ目の問題は人材だ。EUの加盟国間ではモノ、資本、サービスに加えて人も自由に移動できる。だからイギリス企業は研究開発や医療関係の分野で東欧諸国などから優秀な人材を大量に採用しているし、飲食業や小売業もEUからの労働力に大きく依存している。このためイギリスがEUから離脱して「人の移動の自由」がなくなったら、研究開発や病院の人材が不足し、飲食店や小売店も人手不足で成り立たなくなってしまう恐れがあるのだ。高度な研究に対するEUからの補助金も打ち切られることになるので、研究機関は今のレベルを維持できなくなる。
そうした問題があるにもかかわらず、ジョンソン首相は「何があっても延期はしない」「決定権は私にある」などと表明し、「ハード・ブレグジット(EUとの合意なき離脱)」に突き進もうとしている。
再開された議会では、最大野党の労働党などがジョンソン内閣不信任案を提出するだろう。イギリス議会の下院は保守党と閣外協力の与党を合わせても野党を実質的に1議席しか上回っていないため、反ジョンソン派の保守党議員が造反して不信任案が可決される可能性が高いと思う。
その場合、14日以内に改めて信任されなければ、現首相以外の勢力が政権を樹立できる。労働党のジェレミー・コービン党首はこれを利用して自身を暫定首相とする「反ジョンソン内閣」を結成し、EUに離脱時期の延期を申請した上で、改めてブレグジットの是非を問う解散総選挙に打って出る方針だと報じられている。