いくら毎月の年金額が多くなるといっても、70歳受給や75歳受給を選んだ場合の年金総額が、65歳からもらった人を追い抜くには平均寿命(男性約81歳)を超えて長生きしなければならない。犬山氏が指摘する。
「夫16万円、妻6万円の年金であれば、住民税非課税世帯となって税金はかからず、健康保険料なども軽減措置でかなり安くなります。しかし、75歳受給を選んで月30万円の年金収入があれば、そうした低所得者向けの優遇措置がなくなって、税金や社会保険料の負担が年40万円を超えます。さらに世帯の収入が増えると、後期高齢者であれば原則1割の医療費窓口負担が3割になったり、入院や手術をしたときに高額療養費制度で還付される金額も減る」
年金生活者の多くが受けられる数々の優遇措置を失うデメリットは大きい。
財政検証でまやかしの試算を見せるだけでなく、政府は「ねんきん定期便」などでも“繰り下げると年金は増える”とアピールし始めているが、実態としては「年金を受け取る人を少しでも減らしたい」ということではないのか。「75歳受給を選べば年金2倍」の宣伝文句に騙されないことが大切なのだ。「年金博士」こと社会保険労務士の北村庄吾氏が語る。
「日本人の健康寿命は男性なら約72歳。老後の生活設計をするうえで最も生活費がかさむのが60代後半から70代前半とされています。繰り下げ受給はその時期の年金収入がなくなる。繰り下げを選ぶ場合は十分な資産や年金以外の収入で生活を賄える見通しが必要です」
繰り下げ幅が広がっても、「65歳受給」が有力な選択肢なのだ。
※週刊ポスト2019年9月20・27日号