ノルマが自分を成長させてくれたと語るベテラン営業マンも少なくない。
「毎月頭に行なわれる部署全体の朝礼前に、営業成績が張り出されるんです。若手の僕の成績は、下から数えたほうが早かった。毎月のように部長に怒鳴られ、後輩のほうが僕より売り上げが高かったときなんかは、脂汗が止まりませんでした。
でも朝礼のあと、先輩社員が僕を自分のお得意さんのところに連れていって紹介してくれて“これからはお前の売り上げにしろ”と言ってくれた。あの時は、『先輩にいつか恩返しがしたい』と思いながら頑張ったものです」(製薬会社のベテラン社員)
組織の中でノルマがうまく機能していた時代だった。だが、溝上氏が指摘したように、バブル崩壊後は徐々にノルマの弊害が前面に出るようになった。
「稼げる人と稼げない人の差が大きくなり、なかには架空の売り上げを計上するなどの不正に走る人間も出てきた。それに拍車をかけたのが成果主義の導入で、短期的目標を達成した人間の給料だけがどんどん上がり、コツコツと中長期的に稼ぐことが評価されなくなった。結果、顧客との関係が悪化した時期もありました。そこで2000年代後半になって、売り上げのノルマだけでなく、プロセスも重視するような人事評価制度が生まれてきたのです」(溝上氏)
化粧品大手の資生堂は2009年、営業改革の一環として販売員や営業担当者のノルマを撤廃。顧客のアンケートや来店客数、再来店率などの評価指標を導入した。
「当時の前田新造社長は『CS(顧客満足度)を高めれば、自然に売り上げはついてくる』と語っていた。美容部員が客の奪い合いをしていても仕方がない。個々の社員がお客さんに満足してもらう努力をすれば、売り上げも伸びるという考え方です。これに追随する企業が徐々に増えていきました」(溝上氏)
一方で、従来型のノルマを長く続け、それが機能不全を起こした企業もあった。
「東芝が経営危機に陥ったきっかけは、過度なノルマ主義でした。数字を作るために、“チャレンジ”と称した期末の利益の水増しが常態化し、2015年に不正会計問題として表面化したのです」(溝上氏)
こういった過剰なノルマが“悪”と見なされるのは、仕方のないことだろう。
※週刊ポスト2019年10月11日号