平成の経済を振り返るとき、大企業の再編・統合を避けて通ることはできない。バブル経済の崩壊という時代の要請があったにせよ、異なる社風や待遇などの障壁を乗り越えるのは容易ではなく、それをきっかけに飛躍した企業もあれば、思惑に反して勢いを失った企業もあった。日本経済に大きなインパクトを与えた企業合併の30年史を振り返る。
「規模拡大」から「生き残り」へ
2019年は日本を代表する成長企業が次々と合併を発表した。9月には、ヤフーがファッション通販サイト「ZOZOTOWN」を運営するZOZOの買収を発表し、世間を驚かせた。さらに11月にはヤフー(親会社・Zホールディングス)とLINEが経営統合を発表。他にも、ヤマダ電機が大塚家具を買収するなど、有名企業の“大型結婚”が相次いだ。過去、日本企業は数多くの合併を繰り返してきた。ジャーナリストの溝上憲文氏が語る。
「企業の合併のスタイルは時代とともに移り変わってきました。昭和では、1970年に八幡製鉄と富士製鉄が合併し誕生した新日本製鉄が代表的です。
成長期だった当時、合併の主な目的は、国内市場でのシェア拡大でした。合併後も社員数やポストを削減することなく旧2社の組織が維持された。社長以下の幹部・管理職人事は“たすき掛け”となり、人事交流は皆無でした。1970~1980年代までは合併と言いながらも、実態は旧2社が併存していることが多かった」
しかし平成に入るとバブル崩壊に伴い、日本企業を取り巻く環境が一変した。国内市場が収縮する中、成長期のような「規模拡大型」や「シェア重視型」ではなく、グローバル市場を勝ち抜くための合併が求められるようになった。
「平成以降は、外資の攻勢などに晒された日本企業が生き残りをかけて、『選択と集中』の合併をするようになりました。2001年導入の会社分割制度で、企業の不採算部門を子会社化する場合に社員を同意なしで転籍できるようになった。それによって子会社を他企業の同一部門と合併したり、他企業に切り売りできるようになったことも、『選択と集中』の合併を後押ししました」(溝上氏)
本誌・週刊ポストは平成を代表する合併企業22社(合併前は45社)をリストアップ。東京商工リサーチのデータ協力を得て、売上や経常利益、従業員数などを別掲の表にまとめた。