『間違えた』と言うと、『入部希望届を書いたからもうダメだ』と言われて困り果てましたが、先輩たちは面白そうな人が揃っており、『最初の合宿に行って、どうしても嫌だったらやめてもいい』と言われたので、GWの新人歓迎合宿に行ったところ、最高に楽しくて、そのまま山岳部に入りました」(Gさん)
その後Gさんは大学でも山岳部に入り、日本100名山を制覇するほどの本格派の山男へと成長。サラリーマンとして働く傍ら、ある山岳会の理事も務めており、山を通じて培った人脈は、彼の人生の財産になっている。
「たまたま隣に座った同級生」と意気投合して
Mさん(40代/男性)は今でこそ定職に就いているが、つい数年前まで音楽で食べていくことを夢見るバンドマンだった。ただ、毛色が変わっているのはMさんの経歴。バンドマンは学生時代に音楽にどっぷりハマった人間がほとんどだが、Mさんは全然そうではなかった。
「私は田舎育ちで近所にレコード屋などなく、大学に入るまでCDを10枚ぐらいしか持っていませんでした。大学ではマジメに勉強し、地元に帰って公務員になるつもりでしたが、最初の授業でたまたま隣に座った男子が同じ県の出身で意気投合。その彼が筋金入りのロック好きで、『オレはミュージシャンになりたい!』『オレはギターを弾くから、お前はボーカルをやれ!』と、気づいたらバンドをやる羽目になりました」
そこからの“変貌”は早かった。大学入学時にはイガグリ頭だったMさんは、2年次には長髪金髪になり、早々に留年も決定。バンドに誘ってくれた友人が就職してもMさんはバンドにのめり込み、プロになるのを諦めた今も、自主制作CDを作ったり、ライブをやったりしている。Mさんはしみじみとこう語る。
「確かにきっかけは偶然でしたけど、自分のどこかに“道を外れたい”っていう願望があったっていうことですよね。後悔はまったくありません」(Mさん)
時代はとにかく無駄を省き、効率ばかりを追い求めているが、思わぬ出会いが人生の新しい扉を開くこともあるということ。行き詰まりを感じる瞬間があったら、あえて偶然に身を委ねることにも、人生の価値はあるかもしれない?