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資本主義が限界を迎えた中での新ビジョンはどこにある?

資本主義が限界を迎えたその先は?

資本主義が限界を迎えたその先は?

【書評】『人新世の「資本論」』/斎藤幸平・著/集英社新書/1020円+税
【評者】森永卓郎(経済アナリスト)

 資本主義が限界を迎えた。私が『年収300万円時代を生き抜く経済学』を書いたのは、18年前だ。格差拡大のなかで、どうやって生き残るのかを真剣に考えた。だが、今から振り返ると、考えが浅かった。新型コロナの影響で、年収ゼロの人が続出する一方で、金融バブルのおかげで富裕層は逆に不労所得を大きく増やした。

 そもそも、新型コロナの感染拡大は、グローバル資本主義がもたらした世界的往来の拡大と大都市化がもたらしたものだ。さらに、資本主義がもたらした温暖化は、集中豪雨や台風の激増となって日本人の暮らしを脅かしている。もはやSDGsといった生ぬるい対策では、人と地球を守れない。資本主義そのものの見直しが必要となったのが2020年だった。

 そうしたなかで、新しいビジョンを示してくれたのが、斎藤幸平『人新世の「資本論」』だ。本書によるとマルクスは、格差拡大に警鐘を鳴らすだけでなく、環境問題を資本主義の究極的矛盾と位置付けていた。そのことを私は知らなかった。難解な『資本論』を途中挫折してしまったからだ。

 菅政権は、「生産性上昇」を前面に掲げている。しかし、これまでさんざん生産性を上げてきたのに、現代人は過労死するほど働いているし、需要を上回る過大な生産は地球を破壊し続けている。

 著者は、問題解決のために、晩年のマルクスが構想した「脱成長コミュニズム」が必要だという。そのなかで、著者の最も重要な指摘は、労働の自律性を取り戻せということだ。資本主義が求める効率化は、労働者に画一的な労働を押し付けた。所得だけでなく、仕事の面白さも、1%の富裕層が独占する社会を作ってしまったのだ。

 その一方で、社会にとって必要性の高い看護や介護といったエッセンシャル・ワーカーは低処遇に放置されている。だから、生産過程を社会的所有に変え、意思決定を民主的に行う。それは、民主集中制を採った旧ソ連型の社会主義とはまったく異なる新しい社会主義だ。

※週刊ポスト2021年1月1・8日号

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