これらを踏まえると、これまで優位性を保ってきたはずのガソリン車が、将来的にEVに取って代わられる可能性は高いと考える方が自然だろう。世界中で容易に生産できるようになれば既存の自動車メーカーは優位性を失い、急速に萎んでいった日本の家電業界の“二の舞”になりかねないのである。
現在の自動車業界を説明するのにぴったりな心理学の言葉に、「慣性の法則」というものがある。これは、これまでの優位性がずっと続くと勘違いし、「この状態を維持したい」という心理が働くこと。この法則が働き続けると、例えば、かつて長年ビール業界で圧倒的首位だったキリンビールが「スーパードライ」でアサヒビールに一発逆転を許したように、いつの間にかその座を取って代わられるという結果を招きかねない。
すでに株式市場では、米国の電気自動車メーカー、テスラの時価総額(株価×発行済み株式数)が2020年7月にトヨタを抜いた。その後もテスラ株は高騰を続け、いまや両社の時価総額は、トヨタの約24兆円に対してテスラは80兆円以上と、差は大きく開いている。自動車そのもののあり方を根本的に変えようという大きな構造転換の波が押し寄せるなか、あのトヨタとて安穏としていられない状況が訪れようとしているのだ。
そして、それはトヨタだけの問題でもない。年明けから日本自動車工業会が「クルマを走らせる550万人」と題し、町工場やガソリンスタンド、自動車メーカーで働く人々を映し出すテレビCMを流しているように、自動車関連業界は550万人もの人が働く裾野の広い産業だ。日本経済を支えてきた基幹産業を根底から揺るがしかねない“地殻変動”がいったい何をもたらすのか。行く末を案じてやまない。
【プロフィール】
真壁昭夫(まかべ・あきお)/1953年神奈川県生まれ。法政大学大学院教授。一橋大学商学部卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学経営学部大学院卒業後、メリルリンチ社ニューヨーク本社出向。みずほ総研主席研究員、信州大学経済学部教授などを経て、2017年4月から現職。「行動経済学会」創設メンバー。脳科学者・中野信子氏との共著『脳のアクセルとブレーキの取扱説明書 脳科学と行動経済学が導く「上品」な成功戦略』など著書多数。