人は常に合理的な行動をとるとは限らず、時に説明のつかない行動に出るもの。そんな“ありのままの人間”が動かす経済や金融の実態を読み解くのが「行動経済学」だ。今起きている旬なニュースを切り取り、その背景や人々の心理を、行動経済学の第一人者である法政大学大学院教授・真壁昭夫氏が解説するシリーズ「行動経済学で読み解く金融市場の今」。第11回は、世界中で進むEV(電気自動車)シフトに関連して、自動車業界の行く末を読み解く。
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2021年に入って、異業種がEV(電気自動車)市場に新規参入する動きが広がっている。1月8日には、米アップルがEV参入に向け韓国の現代自動車など自動車大手と交渉していることが明らかになり、11日にも中国のインターネット検索最大手・バイドゥ(百度)が参入を表明した。日本でもソニーが試作車の公道実験を行うなど、名だたるIT・ハイテク企業がEVシフトを本格化させようとしている。
その背景には、米国のバイデン新大統領が「クリーン・エネルギー」を掲げているほか、日本の菅政権も「2050年までに温室効果ガスの排出ゼロ」を表明し、2030年代半ばにもガソリン車の新車販売を無くすことを検討するなど、EVをはじめ環境対応車へシフトする世界的な動きがある。
こうした動きは、日本の製造業の屋台骨でもある自動車産業にとって看過できない問題と言えるだろう。菅政権の方針について、トヨタ自動車の豊田章男社長は2020年12月17日の会見で、「自動車業界のビジネスモデルが崩壊してしまう」と懸念を表明した。2020年に世界販売台数でトップに返り咲いたトヨタでさえ安泰とはいえないかもしれない。
なにしろ外見は同じ自動車に見えても、ガソリン車とEVでは大きく異なる。エンジンをはじめ3万点の部品からなるガソリン車は長年培ってきた独自の“レシピ”によって既存の自動車メーカーが優位性を保ってきた。しかし、EVは電池とモーターを軸に、ガソリン車の半分程度の部品で組み立てることができ、比較的簡単に作ることができてしまう。それがアップルやバイドゥなどIT業界からの参入を容易にしている要因だ。
さらに、自動運転の普及に伴って、今後自動車は自らハンドルを握る移動手段というよりは、車内で通信や会議などもできる「居住空間」としての役割も担うようになるかもしれない。ハードウェアと同じくらいソフトウェア的な観点が求められ、そうなると新規参入のIT業界にも分があるのではないだろうか。