「治療が難しいがんだとわかってから、“料理は生きる力やで”と、つきっきりでスパルタ指導をしてくれ、なんとか作れるようになりました。『少々』を『小さじ1杯』だと勘違いして『何やってんや、あんたにやらせるより自分がやった方が100倍速いわ』なんて怒られながら、少しずつ覚えていきました。料理がまったくできない身からすれば、レシピ本に書いてある『塩こしょうで味を調える』といった抽象的な指示なんて、全然わからないんです」
そんな藤井さんに、妻は「料理の型」を徹底して教え込んだという。
「ドレッシングなら油と酢と塩の割合がこれぐらいとか、煮物ならしょうゆとみりんの割合はどれくらいというようなパターンを口を酸っぱくして言われました。メモを取りながら覚えるようになってから、徐々に応用できるようになっていった。1年かけて教わったことで、料理が習慣として身についたから、夕食は必ず自分で作っています」
1年の猛特訓が終わってしばらくののち、妻は自宅で藤井さんに見守られながら旅立っていった。
「妻の余命があと1か月に迫ったある日、教えてもらった野菜ポタージュを作ったことがありました。『おいしい! 満の料理、はじめておいしいと思った。仕込んどいてよかった』と言って笑った妻の顔、いまもよく覚えています。食いしん坊だった妻の、あのきびしい料理指導は、自分の死後もぼくに長生きしてほしい、という強い願いのあらわれだったのだと思います」(藤井さん)
夫に元気で長生きしてほしい──根底にこの気持ちがあることが伝われば、夫もきっと変われるはずだ。
※女性セブン2021年2月18・25日号