失われた20年で日本の物価は驚くほど安くなった。では、その原因はどこにあり、その結果、将来的に日本に何が起こるのだろうか。経済アナリスト・森永卓郎氏が、『安いニッポン 「価格」が示す停滞』(中藤玲・著/日本経済新聞出版本部)から読み解く。
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薄々気づいている人も多いと思うが、世界から見ると、日本の物価はとてつもなく安くなっている。本書は、日経新聞記者の著者が、日本の低物価の実態とその原因、さらには今後どうしたらよいのかをまとめた書籍だ。
ダイソーの百円商品、マクドナルドのハンバーガーに始まって、回転ずしからディズニーランド、アマゾンプライムなどのサービス料金に至るまで日本の物価がいかに安いかを本書は冒頭で紹介する。具体的な国際比較の数字を突き付けられると、本当に驚く。
なぜそんなに安いのか。物価は二つの側面で決まる。一つは需給関係だ。日本は、かれこれ四半世紀近くにわたってデフレを続けてきた。デフレのなかでは、売り上げを確保するための値下げ競争が繰り広げられる。それが、日本の低物価の基本的な原因だ。
ただ、物価はコストの積み上げで決まるという側面もある。本書が重視するのは、その点だ。日本では、最大のコストである賃金がまったく上がっていない。実際、かつてG7トップだった日本の賃金は、いまや韓国にも抜かれる始末だ。それが物価安の原因になっているのだ。
問題は、なぜ賃金が上がらないのかということだ。本書は、生産性が上がらないからだとしている。それは正しい。付加価値が増えなければ、賃金を増やせない。それでは、なぜ生産性が上がらなかったのか。私は、産業政策の失敗だと思う。かつて日本の家電産業は、世界最強だった。しかし、いまや国産のスマホやパソコンを使う人は少数派になってしまった。
物価安は、日本が発展途上国に転落したことを意味する。インバウンドはあるが、日本人は海外旅行に行けなくなる。優秀な人材は海外流出し、大部分の日本人は、海外企業に安い賃金で雇われるしかなくなる。それをどう防げばよいのか。著者は断言を避け、複数の有識者のインタビューに委ねている。その意見はさまざまだ。ぜひ本書を読んで読者自身が考えて欲しい。
※週刊ポスト2021年4月30日号