【最後の海賊・連載第1回 前編】世界経済は「モノづくり」から質量を伴わない「データ」に軸足を移した。戦後の成功体験にすがる日本は「失われた30年」を過ごしてきたが、二人の起業家だけがその流れに抗ってきた。IT業界の寵児、楽天の三木谷浩史氏とソフトバンクの孫正義氏である。既存の価値観を破壊する両者はいま、携帯電話事業で火花を散らしている。週刊ポスト短期集中連載「最後の海賊」、日本経済の浮沈を占う頂上決戦の裏側を大西康之氏がレポートする。(文中敬称略)
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2020年の秋、楽天会長兼社長の三木谷浩史は東京・丸の内に本社ビルを持つ大企業のトップを訪ねた。
「できるだけ早く、お会いしたい」
秘書を通じて約束を取り付けた三木谷は、半ば強引にその会社に押し掛けた。
「お忙しい三木谷さんがわざわざお越しになるなんて、一体どういう風の吹き回しですか」
三木谷の急襲を受けたトップは、怪訝な顔で尋ねた。三木谷は、いきなりガバッと頭を下げた。
「アンテナを立てさせてください」
「アンテナ?」
「御社の中庭に携帯電話のアンテナを立てさせてもらいたいのです」
「うちの中庭に?」
「はい。賃料はお支払いします。できるだけ早く工事をさせていただきたい」
楽天は2020年春、NTTドコモ、KDDI、ソフトバンクに続く「第四のMNO(自前の回線を持つ移動体通信事業者)」として携帯電話市場に参入した。サービス開始に向け、まず4万5000本のアンテナを立てることを目標に掲げた。
ところがアンテナ設置のための用地を探し始めると、電波が届きやすい場所は、ことごとく先行3社に押さえられている。特に携帯の利用者が密集する丸の内は、立錐の余地もないほどびっしり他社のアンテナが張り巡らされていた。
そんな中で現場が見つけた「穴場」が、この中庭だった。
「良さそうな場所が見つかった」
一報を受けると三木谷はすぐに動いた。ビルを所有する会社のトップと直談判し、アンテナの設置場所を確保したのである。大手家電量販店、大手コンビニチェーン、日本郵政。三木谷はアンテナが設置できそうな場所を持つ企業のトップの元に、自ら足を運び、こう言って協力を求めた。
「我々はただ単にアンテナを立てているのではありません。日本の未来を建てているのです」