自動車レースの最高峰F1のマシンは、時速300km超で走るためエンジンのパーツなどを一つ一つ専用に設計する。量産効果はゼロだから1台のマシンを作るのに1000億円以上の金がかかる。これに対して カーは数百万円の市販車を改造するだけなので数億円もあれば作れてしまう。楽天モバイルの完全仮想化ネットワークは「F1並みのスピードで走るGTカー」というわけだ。
3メガは現行の4G(第四世代携帯電話)や、今後主流になる5Gのために「F1」のネットワークを構築している。設備投資は巨額で、2019年度はドコモが5728億円、KDDIが3534億円、ソフトバンクが3050億円を投じた。これに対し「GT」の楽天モバイルの投資は1871億円だ。
2022年度以降も3メガは同じペースで投資する計画だが、楽天は1000億円規模に減速する。つまり楽天は毎年、ドコモの5分の1、KDDI、ソフトバンクの3分の1という極めて少ない設備投資で済ます計画になっており、これが破壊的な価格設定を可能にした。
携帯電話ネットワークの「完全仮想化」。通信の専門家たちは「理論的には可能だが実現はまだまだ先だろう」と予測してきた。固定通信のネットワークでは、すでに仮想化が実現している。
ただ、通信回線に固定されているパソコンや固定電話と違い、好き勝手に移動する何千万台という携帯端末のデータを処理する携帯電話ネットワークの仮想化はべらぼうに複雑だ。だから「いつかはできる」と言いながら、誰も手を出さなかった。三木谷は未知の領域に頭から飛び込んだのである。
(第1回後編に続く)
【プロフィール】
大西康之(おおにし・やすゆき)/1965年生まれ、愛知県出身。1988年早大法卒、日本経済新聞社入社。日本経済新聞編集委員、日経ビジネス編集委員などを経て2016年4月に独立。『ファースト・ペンギン 楽天・三木谷浩史の挑戦』(日本経済新聞)、『東芝 原子力敗戦』(文藝春秋)など著書多数。最新刊『起業の天才! 江副浩正 8兆円企業リクルートをつくった男』(東洋経済新報社)が第43回「講談社 本田靖春ノンフィクション賞」最終候補にノミネート。
※週刊ポスト2021年8月13日号