合理的なアメリカの信号機
では、道路交通用のルートシグナルよりも種類が細かく分かれている鉄道用のスピードシグナルはどのように生まれたのか。実は、発祥はイギリスではなくアメリカだ。アメリカの鉄道は、日本やイギリス、ヨーロッパと比べて大味な印象があるため、信号システムも遅れているのではないかと考える人も多いが、実際はその逆で、アメリカの鉄道の信号は最初からスピードシグナルだったのだ。
そのため、ルートシグナルから徐々にスピードシグナルへと移行したイギリスやヨーロッパ、日本よりも信号の種類が細かく分かれている。例えば、アメリカ最大の鉄道会社であるユニオン・パシフィック鉄道の信号機には、一般的な鉄道区間でも16種類もの信号がある。
信号の色も、赤、黄、緑の3つに加えて白色があるうえ、信号機を最大3基縦に並べて設置して示しているため、暗号表や乱数表にしか見えず、筆者にはとても説明できない。なぜここまで信号の種類があるかというと、列車の速度をきめ細かくコントロールしたいからという理由のほか、線路が分岐するポイントの手前では、進む方向とスピードを落とさなくてはならない方向のそれぞれの速度制限も詳しく示されているからだ。
日本の鉄道信号では、分岐ポイントの手前に「進路表示機」という独立した信号機を設置して進む方向を示し、分岐する線路側に制限速度がある時は「速度制限標識」も建てられている。ルートシグナルの名残があるとこうした手間を要するが、アメリカの鉄道では1か所の信号機で済ませられているのだ。
アメリカで最初にスピードシグナルが採用された理由として、『鉄道信号一般―鉄道技術者のための信号概論』(日本鉄道電気技術協会)には「アメリカは新天地であり、線路を敷設すると直ぐに運転する必要から生まれた運転方式です」と記載されている。つまり、後から線路が増えて様々な情報を運転士に知らせる必要が生じたとしても、進路表示機だの速度制限標識だのを建てなくても済むように、最初に設置した信号機だけで完結するようにと考えられた仕組みなのだ。これは大変合理的で、だからこそ日本やヨーロッパの鉄道も一部ながら採り入れているのである。
もう一つ、とてもアメリカらしいのは、信号規則は鉄道会社によってまちまちであるという点だ。アメリカにはユニオン・パシフィック鉄道のほか、CSXトランスポーテーション、BNSF鉄道の2社が主要な鉄道会社として知られる。一般的な鉄道区間の信号は前者が18種類、後者が12種類で、複数の鉄道会社をまたがる列車に乗務する運転士は覚えるのが大変だろう。実際には、鉄道会社同士の境界地点で運転士が交代するから良いとしても、もしも全てを把握している人がいたとしたらまさに超人だ。
【プロフィール】
梅原淳(うめはら・じゅん)/鉄道ジャーナリスト。大学卒業後、三井銀行(現在の三井住友銀行)入行。雑誌編集の道に転じ、月刊「鉄道ファン」編集部などを経て2000年に独立。現在は書籍の執筆や雑誌・Webメディアへの寄稿、講演などを中心に活動し、行政・自治体が実施する調査協力なども精力的に行う。近著に『新幹線を運行する技術 超過密ダイヤを安全に遂行する運用システムの秘密』がある。