人は常に合理的な行動をとるとは限らず、時に説明のつかない行動に出るもの。そんな“ありのままの人間”が動かす経済や金融の実態を読み解くのが「行動経済学」だ。今起きている旬なニュースを切り取り、その背景や人々の心理を、行動経済学の第一人者である法政大学大学院教授・真壁昭夫氏が解説するシリーズ「行動経済学で読み解く金融市場の今」。第27回は、世界的な株高を支えてきた米FRB(米連邦準備制度理事会)の金融政策変更の影響について予測する。
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8月27日、世界各国の中央銀行総裁などが集まり、今後の金融市場の方向性を決める経済シンポジウム「ジャクソンホール会議」が開かれた。FRBのジェローム・パウエル議長の発言に世界中から注目が集まるなか、「量的緩和の縮小(テーパリング)を年内に開始することを検討」と表明する一方で、その先にある「利上げ」については具体的な言及を避けた。
これまでFRBはコロナ対策として、ゼロ金利政策による「利下げ」と毎月1200億ドルもの国債や住宅ローン債券を買い入れる「量的緩和」を続けてきたが、後者について、年内に縮小する方針を打ち出したわけだ。米国経済は景気回復に伴うインフレが懸念されているが、パウエル議長は今回の講演でも「インフレは一時的なもの」と位置付け、まだ前者のゼロ金利政策を転換する「利上げ」は必要ないと示した格好である。
その結果、「今回表明したテーパリングの開始と利上げは別物」と受け止められ、市場には安心感が広がった。今のところ、世界的な株高基調に変化は見られない。
しかし、これこそが“パウエル・マジック”と言えるだろう。よくよく冷静に考えれば、パウエル議長は量的緩和を縮小して、これまで大量に供給してきた資金を市場から引き上げることを明言した。明らかな「金融政策の変更」である。本来であれば、もっと大きなショックを与えるはずだが、6月のFOMC(米連邦公開市場委員会)でテーパリングを取り上げ、8月のジャクソンホール会議前にもFRB内でタカ派(テーパリングに積極的)とされるメンバーが早期テーパリングを呼びかけるなど、少しずつ“地ならし”をしてきた。そうした下地作りがショックを和らげる効果を生み出したに過ぎないのだ。
日本株に目を転じても、9月3日の菅首相退任表明を受け、ポスト菅政権への期待感の高まりから、TOPIX(東証株価指数)はバブル後の最高値を更新、日経平均株価も一時3万円台を回復するなど息を吹き返している。
では、日本株に大きな影響をもたらす肝心の「利上げ」の時期はいつ頃か。米国では、2022年11月に中間選挙を控えている。議席数が拮抗する民主党と共和党はともに、選挙を終えるまでは景気を冷やしたくないという政治的思惑もあって、利上げは少なくとも中間選挙の後になる公算が高い。それを見越した市場関係者の間では「テーパリングが開始されても、利上げは当分先」という見方が広まっている。多くを語らずとも市場心理を読み誘導する、これこそまさに“パウエル・マジック”が働いている証左と言えるのではないだろうか。