発注主も「東京の人にお願いしたい」
もう一人は若手のライター・Bさん(女性)です。彼女は東京でずっとライター仕事をしており「若手の中でも売れっ子」などと言われていたものの、離れて暮らす父親の体調が悪くなり、その面倒を見なくてはいけなくなりました。そして、実家のある北陸に戻って、リモートで仕事をしていたのですが、明らかに仕事量が減ってきたと言います。彼女の仕事のクオリティ自体は変化していないはずなのに、なんでそんなことになるのか、思い切って発注主に聞いてみたところ、こう言われたそうです。
「いやぁ~、全部リモートで済む取材ならどんどんお願いしたいんですが、そうじゃないケースも多いんですよ。そうなると、東京から遠い人に仕事をお願いすると、移動の面で負担をかけるだけでなく、交通費や宿泊代もバカになりませんし……。Bさんがしっかり取材してくれることはよくわかっているのですが、交通費と宿泊代の負担やフットワークの軽さを考えると、多少腕が落ちてもいいから、東京在住のライターにお願いするようになってしまうんです」
実際、ライターの仕事で専門家に取材依頼をしたところ、「対面で会って話をしたい」と要求する方もいらっしゃいます。また、ライターに発注する編集者にしても、じっくりと対面で打ち合わせをしたほうが安心です。彼女は「東京に戻ろうかな……」とまで言うようになりました。
その一方で、当人はリモートワークを続けたいと思っていながらも、会社の方針が変わってしまったという人もいます。外資系企業で働くCさん(男性)は、コロナ騒動以降リモートワークを続けていましたが、もうすぐ出社スタイルに変更になると言います。というのも、外国にあるその企業の本社では、もうすでにオフィスに出社して働くスタイルに戻っており、その流れを受けてのことだそうです。Cさんはこう語りました。
「まぁ、仕方ありません。僕としては、リモートの状態で快適に仕事できていたのですが、本社の方針ならば従うしかないでしょう。正直、本社のある国の方がコロナの被害が多いのにそういった方針になったのは驚きましたよ。ただ、その方が生産性が上がるという判断なんでしょうね」
どこでも仕事ができるリモートワークが普及したことで、ラクになった、と考える人もいるでしょうが、だからといって、実際に人と会って仕事するメリットがなくなった、というわけではありません。そうしたことからあらためて「脱リモートワーク」を考える人たちが、徐々に増えてきている印象です。
【プロフィール】
中川淳一郎(なかがわ・じゅんいちろう):1973年生まれ。ネットニュース編集者、ライター。一橋大学卒業後、大手広告会社に入社。企業のPR業務などに携わり2001年に退社。その後は多くのニュースサイトにネットニュース編集者として関わり、2020年8月をもってセミリタイア。著書に『ウェブはバカと暇人のもの』(光文社新書)、『縁の切り方』(小学館新書)など。最新刊は『炎上するバカさせるバカ 負のネット言論史』(小学館新書)。