稼いだお金を寄付する理由
――それだけの富を築いたのに、ミニマリストになるのはなぜでしょうか。
橘:日本の大学の調査では、金融資産が1億円を超えると幸福度はほとんど上がらなくなるとされますが、これはお金の限界効用が逓減するからです。ましてや20代で1兆円を超える莫大な富を手にしたら、それを一生のうちに使い切るのは物理的に不可能です。資産30兆円なのに5万ドルの「極小住宅」で暮らしているとされるイーロン・マスクも同じでしょうが、彼らにとってお金は金融機関のサーバーに格納された単なるデータでしかない。
コロナ禍の株高で富裕層の資産はますます増えていて、もはや「お金持ち」は珍しくもなんともなくなりました。豪邸に住み、高級ブランドで着飾り、プライベートジェットやクルーザーを所有してもぜんぜん「クール」ではなく、かえってドナルト・トランプと同じ「成金」とバカにされてしまうかもしれません。
――では、彼らは稼いだお金を何に使っているのでしょうか。
橘:貨幣はせいぜい3000年前に農耕社会の成立とともに誕生したものですから、ヒトが進化の過程でお金を欲しがるようにプログラミングされているわけではない。わたしたちがほんとうに求めているのは社会(共同体)のなかでの評判で、お金やモノ(顕示的消費)は評判の代替物でしかありません。
SNSは、評判そのものを可視化するというとてつもないイノベーションを実現しました。そうなるとお金は、「経済的独立」を実現するのに必要な資源(リソース)ではあっても、「自己実現」のために達成すべき目標ではなくなるでしょう。こうして若き大富豪たちは、「よりよい世界」「よりよい未来」に貢献することで、より大きな「評判」を獲得しようとするようになったのではないでしょうか。
バンクマン=フリードは、AI(人工知能)の研究機関や、核兵器や生物兵器の脅威を減らそうとする団体を支援し、医療や動物福祉などの分野に多額の寄付を行なっています。ブテリンも、組織工学や再生医療を支援する財団に多額の寄付をしており、2021年5月にはコロナ禍で医療崩壊を起こしたインドの救済組織などに15億ドル(約1650億円)相当の仮想通貨を寄付したと報じられました。
現代のようなとてつもなくゆたかな社会では、「貨幣経済」から「評判経済」への移行が進んでいます。かつてはあくどい仕事でもなんでもとにかくお金持ちになって、豪邸やブランドもので「評判(彼/彼女は成功者だ)」を手にしようとしましたが、いまではSNSでまず大きな評判を獲得し、それに経済的な成功や性愛(モテ)がついてくるようになりました。新しいタイプの大富豪がこぞって慈善活動を行なうのも、お金(無意味なデータ)を「評判」に換えようとしているのだと思います。
テクノロジーは、これまでの常識ではあり得ないスピードで今後も進歩・融合していくでしょう。それにともなって、システムを“ハック”してとてつもない富を手にすると同時に、世界を「評判という通貨」を獲得するゲームと見なす若者たちが登場し、彼ら/彼女たちが新しいライフスタイルや道徳・倫理をつくっていくのではないでしょうか。
【プロフィール】
橘玲(たちばな・あきら)/1959年生まれ。作家。国際金融小説『マネーロンダリング』『タックスヘイヴン』などのほか、『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』『幸福の「資本」論』など金融・人生設計に関する著作も多数。『言ってはいけない 残酷すぎる真実』で2017新書大賞受賞。その他の著書に『上級国民/下級国民』『無理ゲー社会』など多数。最新刊は『裏道を行け ディストピア世界をHACKする』。