■マルサって、あの有名なマルサ!? スゲーじゃん! オレも出世したなあ
もちろん、マンションを出たからといってなんの解決にもなっていないことは、わかっています。僕はとりあえず静かな場所まで移動して、ケータイで知人の税理士に連絡を取り、事情を説明しました。
「どうしたらいい?」
「今来ているのは間違いなく、『マルサ』でしょうねえ」
「マルサっ!?」
マルサとは、悪質な脱税事件と戦う国税局査察部のプロ集団のことです。映画とかドラマとか、ニュースでよく聞くあの『マルサ』が、なんと僕のところにやって来るとは……。
「本当に、あの有名な、マルサなの?」
「だって磯貝さん、FXでさんざん稼いでたじゃないですか。あれ申告してないと相当ヤバイですよ」
詳しくは後で述べますが、FXとは、正しくは「外国為替証拠金取引」と呼ばれ、外貨を買ったり売ったりして儲けを狙う、今話題の投資のことです。実を言うと、僕が六本木ヒルズでセレブライフを満喫できているのも、このFXと運命的な出会いをしたからにほかなりません。何はともあれ、マルサがやって来てしまったのです。
「スゲーじゃん! オレも出世したなあ」
「何言ってんですか。こうなったらもうどうしようもありませんよ。さっさと部屋に帰ったほうがいい」
確かに、会社にも来ているようだし、もうマンションに踏み込まれるのも時間の問題のようです。彼の言う通り、逃げたところでどうにかなるとは思えませんでした。
■帰宅したら大勢のスーツ姿の男たちがガサ入れの真っ最中!
「帰るしかないか……」
そうひとりごちたそのとき、ほんの10分ほど前に現金と金塊を預けて逃げてもらった井上さんのことを思い出しました。周りの人に迷惑をかけることだけは避けなきゃならないのに、とんでもないことをしてしまったと気づいたのです。
「弱ったなあ。あのときは、とっさにそうするしかないと思っちゃったんだよなあ……」
僕は激しく後悔し、井上さんに電話をかけて戻って来るように頼みました。そして、ケータイ会社のショップに立ち寄り、アドレス帳を全部消してもらうようお願いしました。もしアドレス帳が真っ白だと、マルサに見つかったときに不審がられるでしょう。でも、まったく関係ない友人や知人にまでとばっちりがいくよりはマシだと思ったのです。
そしてようやく、僕は覚悟を決め、マンションへと向かいました。暗澹とした思いで正面玄関に差しかかると、インターホンの前にはもうだれもいません。
「あれ? 今日のところはあきらめて帰ってくれたのかな」
少しホッとしながらエレベーターに乗り込み、部屋へと向かいます。いつものように部屋のドアをカチャッと開けると、
「うわっ……!」
中は人であふれかえっていました。15人ぐらいはいたでしょうか。大勢のスーツ姿の男性が、クローゼットを開けたり、引き出しをひっくり返したり、とにかくありとあらゆるところを調べていたのです。僕の部屋は、ガサ入れの真っ最中でした。
(第2回に続く)
⇒【第2回】夜10時過ぎに国税局へ マルサの皆さん、働き過ぎでしょ | 突然マルサがやってきた!
【PROFILE】磯貝清明(いそがい・きよあき):金属スクラップ業「磯貝商店」社長。1977年埼玉県生まれ。2004年にFXをスタート。2007年には10億円まで資産を殖やしたが、サブプライム・ショック以降、大損失を被る。2009年には東京国税局に所得税法違反(脱税)容疑で告発される。現在は、税金完納を目指して奮闘中。