飲食業界で働く人を悩ませるのがクレーマーの存在。どんなに真摯に対応しても、理不尽な要求や嫌がらせを続けるクレーマーもいるだろう。もしも、悪質なクレームを受けた場合、どう対処すればいいのだろうか。実際の法律相談に回答する形で、弁護士の竹下正己氏が解説する。
【相談】
夫婦で小さな喫茶店を営んでいますが、クレーマーの客のことで悩んでいます。2か月ほど前に来店したAさんは、「注文した品が出てくるのが遅い」と激怒。そのときは丁寧に謝って済んだのですが、その後もたびたび来店し、こちらの粗を探してクレームをつけ、「土下座して謝れ」「こんなんじゃ代金を払えない」などと言ってきます。このままではほかのお客さんにも迷惑なので来店してほしくありませんが、怖くて言えません。どこに相談したらよいでしょうか。(長崎県・49才・自営業)
【回答】
まず、お客とお店の関係から考えてみます。客が店を利用する関係は、両者の間の契約に基づいています。契約は、申し込みとそれに対する承諾により成立します。すなわち、契約しようという双方の意思の合致が必要です。申し込まれても嫌なら承諾する義務はありません。これは「契約自由の原則」といい、現在の法制度の大原則です。
もちろん例外はたくさんあります。公共サービスの提供をする業種では、客から契約の申し込みがあった場合、事業者にその申し込みを承諾することを義務付けています。例えば鉄道では、鉄道営業法第6条で、規定料金を支払い、公序良俗に反しない普通の乗客の乗車を拒めません。ガスや水道も同様に、事業者に契約の承諾義務を法律で課しています。
さらにホテル・旅館でも、満室や伝染病患者など一定の客の場合でなければ宿泊させる義務があることを旅館業法で定めています。これらの契約承諾義務に違反すると処罰される場合があります。しかし飲食店の場合、その営業について規定する食品衛生法は、店の衛生条件について定めているだけで承諾を義務付けていません。したがって、飲食店が入ってもらいたくない客の来店を断り、サービス提供を拒否しても何の問題もありません。