そんなこんなで東京に戻った私はまるでふぬけ。人生観が変わったといってもいい。生まれて初めて見た透明の海が、群青色の海底が、振り払っても振り払っても目に浮かんでくる。私はあの海に戻りたい。原色の魚たちと泳ぎたい──。
そうしたら、「何言ってんのよ。いいからお金、返してよね。あんたに逃げられたら困るよ」と、Y子の取り立てが急に厳しくなってね。私は旅行代金の返済のため、デパートでバイトを始めた。そして、日々のせわしさに流されているうちに沖縄から少しずつ気持ちが離れていった。
いまだからわかるんだけど、あの島で私がプロポーズされたのは、モテたからじゃない。私が海に恋に落ちたからよ。この海さえあれば何もいらない。この地に身も心も捧げたいという本能が体中から発せられていたんだと思う。それを心優しい沖縄の海人は察したんだと思う。
たった数日で、ヘタしたら数時間で、生き方を全部変えてもいいと大決心させられる沖縄の恐怖。それが65才になったいまも体のどこかに残っているのか、『ちむどんどん』のオープニングの背景に沖縄の青い海が出てくると、つい身構えてしまうんだわ。
【プロフィール】
「オバ記者」こと野原広子/1957年、茨城県生まれ。空中ブランコ、富士登山など、体験取材を得意とする。
※女性セブン2022年5月5日号