ロシアの侵略によるウクライナ戦争が勃発して以降、エネルギー価格や小麦の価格など、さまざまなモノの値段が上昇している。日本では、給料が上がらないのに物価だけが上がれば庶民の暮らしは干上がるしかないが、そもそもモノの値段は何によって決まるのか。日本の伝統工芸の復興と国際金融資本主義の勃興をテーマにした異色の小説『マネーの魔術師 ハッカー黒木の告白』(中公文庫)が話題の小説家・榎本憲男氏が綴る。
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日本は長い間デフレに苦しんでいる、とよく言われる。デフレというのは、人がモノを買わない、モノよりもお金を欲しがる状態のことだ。モノを欲しがらない(モノよりもお金が欲しい)からモノの値段は上がらない。そこをなんとか、政府や日銀は緩やかに、いい感じに(笑)、上げようとしていたのである。
こういう好ましい物価上昇の指標はインフレターゲットといって、日銀は2%達成を目標にしてお金のモト(ベースマネーという。マネタリーベースとも)を増やしてきた。これが金融緩和政策だ。つまり、物の値段が上がることは良きことだと捉えていたわけである。日本だけではない。世界の先進資本主義諸国はだいたい、日本ほどではないにせよ、低成長期に入り、デフレ状態に陥って、ここから脱しようと2%くらいのインフレターゲットを目安にお金を刷ってきた。
しかし、世界をコロナ禍が襲い、さらにウクライナで戦争が始まってからというもの、世界各国で物の値段が上がりはじめた。これはお金を出して物を買いたがるという風に人々の態度が変わったからではなく、サプライチェーンがあちこちで寸断され、入ってくるはずのモノが入ってこなくなったりして、原材料費の値段が上がったことによって、物価が上昇しはじめただけである。これは、コストプッシュインフレと言って、人々がモノを欲しがる需要とは無関係の、非常に喜ばしくない状況だ。
日銀をはじめとする中央銀行の役割は、物価が上りすぎず下がりすぎず、いい感じに(笑)調整することだから、こういうインフレはなんとかしなければならない。しかし、日銀だって万能ではない。日銀がやれることといったらお金を増やすか減らすかの操作くらいだ。