need(必要)のほうは大量生産の工業製品で満たすことができる。では、desire(欲望)はどうか。欲望を生み出すのは、モノが果たす機能と同時に、モノに触発された言葉である。そしてまた新たな言葉が紡がれ、新しい欲望を生み出し、欲望を拡大していく。
しかし、欲望(需要)が大きくなっても、ひとつひとつ手作りで作る伝統工芸品はそう簡単には供給を増やせない。ここで上に書いた希少性が生まれる。需要が大きいのに、供給がそれに追いつかない場合、値段は上がる。
伝統工芸の低迷を言祝ぐ力の低迷と捉えて再考してもいいかもしれない。このような見立てで僕は『マネーの魔術師 ハッカー黒木の告白』を書いた。世界遺産の熊野古道を舞台に、伝統工芸の復興、いいものを高く売るという商いの重要性、リーマン・ショックでの金融資本主義の瓦解などを盛り込んだ小説である。一読を乞う。
【プロフィール】
榎本憲男(えのもと・のりお)/1959年和歌山県生まれ。映画会社に勤務後、2010年退社。2011年『見えないほどの遠くの空を』で小説家デビュー。2018年異色の警察小説『巡査長 真行寺弘道』を刊行し、以降シリーズ化。『DASPA 吉良大介』シリーズも注目を集めている。近刊に真行寺シリーズのスピンオフ作品『マネーの魔術師 ハッカー黒木の告白』、『相棒はJK』シリーズの『テロリストにも愛を』など。2015年に発表され話題となった、3.11後の福島の帰宅困難地域に新しい経済圏を作る小説『エアー2・0』の続編『エアー3・0』を現在構想中。