現役バリバリの社員が地方に行く意味
このニュースを見た時に想起したのは、30年くらい前、アメリカのGE(ゼネラル・エレクトリック)やIBMなど大企業の退職者が郷里に帰り、地域のリーダーになって活躍したという例である。
当時、GEのジャック・ウェルチ会長は容赦のないリストラを断行していたが、「クビにしてもアンハッピーになった人は見たことがない。潤沢な401k(確定拠出年金)がある上、みんな地元で歓迎されてハッピーなセカンドライフを送っているよ」と言っていた。
一方、今回のNTTの場合は、若手や働き盛りの年代など現役バリバリの人たちが地方に行くことになる。彼らが週のうち半日でも地元の大学や高等専門学校でITやDXの講義をしてくれたら、その波及効果は極めて大きいだろう。妻子を伴った移住であれば、地方自治体にとって人口増や地域の若返りにもつながる。
今の日本の行政機関は「第四の波」や「シンギュラリティ」(AIが人類の知能を超える技術的特異点。2045年頃に訪れるとされる)について危機感がなさすぎる。政府は2015年から「地方創生」を掲げて担当大臣を置いている。初代の石破茂氏以降7年も続いているわけだが、それでどんなことが実現したのか? 私は何の成果もないと思う。実際、地方は衰退する一方だ。
現在の地方創生担当大臣は岡田直樹氏で、内閣府の特命担当として「沖縄及び北方対策」「規制改革」「クールジャパン戦略」「アイヌ施策」、内閣官房の担当として「デジタル田園都市国家構想」「国際博覧会」「行政改革」と、実に8つもの大臣を兼務している。
ちなみに、前任の野田聖子氏は7月に淡路島のパソナグループ本社を視察した。それに対し、SNSやネットなどでは、パソナべったりの姿勢を非難する意見が出ていたが、結局、就任からわずか10か月で退任となった。
ことほどさように政府の「地方創生」は、お粗末で掛け声倒れなのである。これに一石を投じる意味でも、今回のNTTのチャレンジは画期的であり、これに刺激を受けた他社が同様の制度を採用すれば地方の景色は従来と全く違ってくるだろう。「DXによって住む場所を選ばない」というNTTの新しい制度が自治体側の覚醒を喚起し、日本の姿・形を抜本的に変える起爆剤になることを期待したい。
【プロフィール】
大前研一(おおまえ・けんいち)/1943年生まれ。マッキンゼー・アンド・カンパニー日本支社長、本社ディレクター等を経て、1994年退社。現在、ビジネス・ブレークスルー代表取締役会長、ビジネス・ブレークスルー大学学長などを務める。最新刊『大前研一 世界の潮流2022-23スペシャル』(プレジデント社刊)など著書多数。
※週刊ポスト2022年9月2日号