世界的な物価高と円安によって、値上げラッシュが家計を直撃し、収入がなかなか増えない日本人の貧困化は進むばかり。このままでは、大多数だったはずの中間層までもが貧困層に陥る「一億総下流社会」に突入してしまう──経済ジャーナリストの須田慎一郎氏は、新刊『一億総下流社会』(MdN新書)でそう訴える。須田氏が「貧しい国ニッポン」の実態をあぶり出す。【前後編の後編。前編から読む】
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秋葉原といえば、世界的に有名な「電気街」で「オタクの街」であり、特にコロナ前は世界中から観光客が押し寄せていた。そんな秋葉原駅の東側、5分ほど歩いた場所に、看板もかかっていない小さな八百屋がある。
驚くのは、その値段だ。店頭に大きく手書きされたポップには「トウモロコシ 88円」「長ねぎ 98円」「なす5本入 138円」「なす1kg 258円」「ミニトマト 68円」などとある。八百屋の目の前には大手スーパーがあり、同じような野菜で値段を比較してみると、「トウモロコシ 158円」「長ねぎ 158円」「なす5本入 198円」などと、やはり八百屋の方が圧倒的に安い(いずれも取材時点の価格)。
その爆安ぶりは際立っており、ある時間を過ぎると「大根1本 10円」(!)といったとんでもなく安い値段がつく場合もある。
地元の小さな商店が大手スーパーの進出によって立ち行かなくなる構図は、全国各地の商店街でよく見るが、ここではまったくの逆。食品だけでなく、さまざまな商品を扱う大手スーパーにももちろん買い物客は集まっているが、この八百屋にはとんでもなく買い物客が群がっているのだ。
その安さゆえ、近所では有名店となっているが、店名が見当たらないことから、「安くていいよね、“泥棒屋”」などと若い夫婦が勝手に名づける始末だ。
もちろん、この八百屋が野菜や果物を盗んできたわけでなく、これだけ安くできるのには理由がある。この手の店では、少し遅めの時間に青果市場に行って、やや鮮度が落ちるようなB級品などの売れ残りをまとめ買いすることで値段を叩き、できるだけ安く仕入れる。そして、売り値をつける場合は、1本当たりではなく、1箱当たりの利益で考え、何本売れたら後はすべて利益になるように設定する。たとえば、最初は1本100円で売っていて、10本売れたら、後は50円で売っても儲かるという考え方だ。街角でよく見かけるようになった「1本80円」などで飲み物を売る自動販売機と同じようなビジネスモデルといえるだろう。
そして、この手の激安店に群がる人たちは、決してお金のない人たちばかりではない。別に食うに困っているから少しでも安いモノを買うのではなく、お金はある程度あるけど、「1円でも安く買いたい」という普通の人たちも少なからずいるようだ。
一昔前なら、「自分が上流というのははばかれるけど、せめて中流でいたいから、あまり安いモノを買っている姿は見られたくない」というような見栄があったかもしれない。ところが、いまや背に腹は代えられないのか、見栄を張っている場合ではなく、少しでも安いモノに多くの人が殺到するのが当たり前の時代になっている。